かつて「面接の技法」というブログの中で、介護職の教育課程で技法を教えることの難しさについて書いたことがある。
話を傾聴することより先に技法を前面に出してしまえば、たちまち面接は相談援助につながらず、ただの「説得技術」に陥ってしまい、結果的に生活課題や、利用者の悩みや不安への解決にはつながらないことを書いた。
相談援助者のみならず、介護の実践者に専門知識や技術はもちろん必要だが、それだけではだめだ。
その前に、本当に困っている目の前の人々が何に困っているのかを想像して共感することが大切だ。
この想像と共感という過程が「受容」、利用者の訴えや、現れている行動をあるがままに受け入れる、ということなんだと思う。そこからすべてが始まるのだ。
特に認知症の方々の行動には理解しがたいものがある。しかしそれにはすべて理由と意味があるのだ。その意味や理由の共感の過程が受容であり、認知症の方々のケアに受容が大切だといわれる所以であろう。
ただ実際の介護現場の職員にも、受容とは何ぞや、という部分がうまく理解できていないから、言葉はわかっていても行動や実践につながらずに、おかしな対応やケアに終始してしまうという状況が生まれるんだろう。
かつて僕は実習生に介護者に大切な資質は「天使のようなやさしい心」ではないと言っていた時期がある。ごく普通の人で結構。大切なのは想像力と創造性であると言っていた。
今目の前にいる方々を、そしてその行動の意味を一生懸命想像して、マニュアル化されない対応の仕方を、その方にあった方法で創造することが大事だという意味だ。
しかし、かく言う私自身も「敵わないなあ」と思う実践者に出会うことがある。
認知症高齢者のグループホームの関係者の中には、すごい実践者が多い。
我々よりはるかに人を見る視野が広いと思う人がいる。
そしてその想像力は非常に柔軟で、そこから生まれる方法論や創造性も柔軟で機知にとんでいる。
そういう実践者にとって、一見問題行動ととられがちな利用者の行動も、すべて意味ある行動となり、その意味を考えることで対処の仕方が見えてくるのだ。
やはり想像と創造はケアの現場で大切な要素だ。
それらの方々からは既存の認知症ケアの概念を超えて様々なケアの視点を得ることがある。今日のテーマもそれだ。
寄り添うケア、というのがグループホームのケアで大切だといわれているが、46時中寄り添われてはかなわない。
人は恋しくもあり、うっとおしくもある存在なのだ。
そのうっとおしさ、構わないでいてくれよ、ほおっておけよ、というサインや行動にもアンテナを張っておく必要がある。
時には寄り添わないで、遠くから、そっと感じるケア、というのも認知症の方々のケアに限らず大事だ。
寄り添うケアを付きまとうケアに勘違いしているホームも多いが、寄り添わないケアも今後は一方のスタンダードになってくるかもしれない。
介護・福祉情報掲示板(表板)
話を傾聴することより先に技法を前面に出してしまえば、たちまち面接は相談援助につながらず、ただの「説得技術」に陥ってしまい、結果的に生活課題や、利用者の悩みや不安への解決にはつながらないことを書いた。
相談援助者のみならず、介護の実践者に専門知識や技術はもちろん必要だが、それだけではだめだ。
その前に、本当に困っている目の前の人々が何に困っているのかを想像して共感することが大切だ。
この想像と共感という過程が「受容」、利用者の訴えや、現れている行動をあるがままに受け入れる、ということなんだと思う。そこからすべてが始まるのだ。
特に認知症の方々の行動には理解しがたいものがある。しかしそれにはすべて理由と意味があるのだ。その意味や理由の共感の過程が受容であり、認知症の方々のケアに受容が大切だといわれる所以であろう。
ただ実際の介護現場の職員にも、受容とは何ぞや、という部分がうまく理解できていないから、言葉はわかっていても行動や実践につながらずに、おかしな対応やケアに終始してしまうという状況が生まれるんだろう。
かつて僕は実習生に介護者に大切な資質は「天使のようなやさしい心」ではないと言っていた時期がある。ごく普通の人で結構。大切なのは想像力と創造性であると言っていた。
今目の前にいる方々を、そしてその行動の意味を一生懸命想像して、マニュアル化されない対応の仕方を、その方にあった方法で創造することが大事だという意味だ。
しかし、かく言う私自身も「敵わないなあ」と思う実践者に出会うことがある。
認知症高齢者のグループホームの関係者の中には、すごい実践者が多い。
我々よりはるかに人を見る視野が広いと思う人がいる。
そしてその想像力は非常に柔軟で、そこから生まれる方法論や創造性も柔軟で機知にとんでいる。
そういう実践者にとって、一見問題行動ととられがちな利用者の行動も、すべて意味ある行動となり、その意味を考えることで対処の仕方が見えてくるのだ。
やはり想像と創造はケアの現場で大切な要素だ。
それらの方々からは既存の認知症ケアの概念を超えて様々なケアの視点を得ることがある。今日のテーマもそれだ。
寄り添うケア、というのがグループホームのケアで大切だといわれているが、46時中寄り添われてはかなわない。
人は恋しくもあり、うっとおしくもある存在なのだ。
そのうっとおしさ、構わないでいてくれよ、ほおっておけよ、というサインや行動にもアンテナを張っておく必要がある。
時には寄り添わないで、遠くから、そっと感じるケア、というのも認知症の方々のケアに限らず大事だ。
寄り添うケアを付きまとうケアに勘違いしているホームも多いが、寄り添わないケアも今後は一方のスタンダードになってくるかもしれない。
介護・福祉情報掲示板(表板)


感動の完結編。
