昨年11月16日のブログ「まな板の上のmasa」で報告したが、今年度の介護支援専門員現任研修に、ケアプラン作成、モニタリングの演習事例の発表者として参加した。

その際、ケースの主要なテーマから外れた部分で、会場から複数・共通の指摘と質問を受けた。

それは排泄ケアに関する部分で、今日はその際のことを、昨日のブログの引き続きのテーマとして書いてみたい。

当該ケースの対象者は90代の女性で、廃用性の下肢筋力低下で、数メートル程度の歩行は体幹を支えて可能だが、日常の主たる移動手段は車椅子を使用し、日中はコール対応でトイレ排泄介助を行い、ほぼ失敗なくトイレで排泄できているものの、夜間をポータブル対応で排泄ケアしていることに対しての疑問である。

当該ケースの主要テーマは、認知症の出現による心気症状等の問題に対するケアであるが、排泄に関しては、特に問題ないと考えていた。

夜間は、習慣化している眠剤服用があるが(一度やめたが本人の不安感が強く、極弱いものを服用継続している)、朝まで2回ほど目覚め、その際にコール対応でポータブル排泄介助を行なっているものである。

しかし質問者には、トイレで排泄できる利用者を、夜間という理由で、ポータブル排泄を行なっているのは「生活の質」の低下に繋がるのではないかという疑問があったと思う。

しかし、これは介護側の都合で「ポータブル介助」としているわけではない。

安易なポータブル利用によりトイレでの排泄機会をなくすようなことは問題外だが、こと排泄ということに対しては、個人毎の諸事情、状態と「夜間」という状況部分に目を向ける必要がある。

身体に障害がない人が、排泄感で夜間目覚め、トイレで排泄する、という場合は、排泄感=排泄行動に即結びつく。

しかし身体に障害がある方の場合、排泄するために目が覚め、そこから排泄動作場所に移動するために、移動手段である車椅子への移乗という行為を行い、さらに車椅子を操作し(あるいは車椅子を押してもらい)排泄場所まで移動し、そこでさらに介助を受け、便器に移乗するために立位をとり、その際下衣を下ろす介助を受け、そしてやっと便器に座って排泄する、という手順になることは誰が考えてもわかるだろう。

さてここで日中と夜間の違いを意識していただきたい。

まず覚醒時の感覚と、寝ている場合の違いで、移動時間中に排泄が間に合うかという問題も出てこようが、それよりももっと大切な視点があると僕は思っている。

つまり一連のトイレへの便器へ移動する、という行為の中で、すっかり目が冴えてしまわないか、という視点である。

これは以外と重要だ。

いつでもどこでも眠ることができる人には、なかなか寝つけない方の悩みはわからないだろうが、高齢者にはこうした悩みを抱える方が多い。

できれば排泄の介助行為が、睡眠を妨げない状況で行なわれるのが望ましい、という視点でケアカンファレンスが進行される必要もあるのだ。

ましてやオムツへの排泄を強いるわけではない。

夜間の2度程度の排泄を、トイレでなく、ベッドサードのポータブルを利用したとて、生活の質の低下といえるだろうか。決して、そんなことはないはずである。

トイレで排泄することの重要性は十分承知しているが、それも時と場合の問題である。

いつ、いかなる状況でも、トイレで排泄することが絶対ではない。この方にとって、夜間のポータブルトイレでの排泄は、必要で適切なケアスタイルだろうと思っている。

大事な点は、介護者の価値観を絶対的なものとして、利用者に押し付けないことだ。

この場合はトイレでの排泄が人間の生活の質として考えるとき、最良の場所という価値観だ。

頑張る場所では頑張ってもらってよいし、頑張れる状況を作ることも大事だ。しかし人間は頑張ってばかりいられないということを忘れてはならない。

ましてや夜間の排泄がトイレで行なわれないことのみをもって「頑張りが足りない」なんていうことにはならない。

介護・福祉情報掲示板(表板)