この業界に入った当時、任用資格としての社会福祉主事は別として、相談援助職の公的資格はないに等しかった。

施設の相談員にしても、医療機関のソーシャルワーカーにしても、社会福祉主事の有資格者は多かったが、相談援助職そのものの資格はない状態で、ソーシャルワーカー等の名称を名乗っていた。(ソーシャルワーカーという名称に関して言えば今も変わりないが)

このことについて当時の学卒バリバリの蒼い僕は、相談員なり・ソーシャルワーカーなり、それ自体の身分を現す国家資格があっても良いのではいかと先輩たちに(つばを吐きかける勢いで)問いかけたものだ。

そんな意見に同調してくれる方もいたが、以外だったのは医療機関に勤める多くの先輩ソーシャルワーカーたちの否定的な意見であった。

ソーシャルワーカーが資格化されれば、医療の資格に包括されて、医師の管理がより強くなり、ソーシャルワーカーとしての独自性が失われるという意見である。

当時の僕に、その意見に反論する知識も見識もなかったが、何か「おかしさ」を感じていたことは事実だ。ずいぶん融通性が利かないんだなあ、という感覚というか、資格が明確化されて身分や地位や確立されることで、ソーシャルワークの機能が縮小される、という論法に違和感を感じていた。

だから1987年に社会福祉士という国家資格が法制化されたとき、これは医療の相談援助業務の資格とは一線を画した資格であると捉えていたような気がする。実際、福祉の現場職員のほうが当初の受験者は多かったように思う。

ただ、その後、医療の領域でも精神保健福祉士という資格ができ、医療機関のソーシャルワーカーも社会福祉士の資格取得者が増えている現実をみると、決して、これらの資格はソーシャルワーカーの活動領域を狭めることにはなっていないのであろうし、やはりきちんとした身分保障とスキルアップの動機付けには「国家資格」という形は必要であると思ったものである。

ところで社会福祉士資格とは、なんとも奇妙な資格である。

試験内容から見ても、合格率から見ても、そのハードルは決して低くない。むしろ介護支援専門員資格(これは国家資格ではないので比べようがないという意見があるが)と比較すると、社会福祉士の合格へのハードルはかな高いといわざるを得ない。

しかし、この資格を持っていても就職に有利になるかといえば、必ずしもそうではないし、ケアマネの求職はどの地域でも必ずあるが、社会福祉士募集という求人は少ない。

この不思議さは、やはり業務独占の資格でなく名称独占の資格である、という点が大きいのであろう。

しかし同じ名称独占の介護福祉士が、高齢者介護施設の正職員の雇用条件にされている場合が多いのに比べ、同じ高齢者介護施設で相談員の雇用条件を社会福祉士としている施設は、そう多くないように思う。

これはなぜか。おそらく介護福祉士は実務や養成過程で、ある程度、介護の経験や技術を、有資格者以外より身につけている、という可能性が高いと考えられているのに比べ、こと社会福祉士は、有資格者が資格のないワーカーより、技術や経験、見識が高いとは限らないと見ている向きが多いのだろう。

この原因が何であるのかは複合的要素があり特定できないが、ひとついえることは、大学でソーシャルワークの専門課程を勉強してきた者は、社会福祉士の資格の有無に関わらず、相談援助職としての一定の要請過程を経ていることに変わりがないことがひとつの要素として挙げられるのではないだろうか。

しかし、どちらにしても、資格取得のメリットがさほど大きいと実感できない、という声が多いことは事実である。

このことをもう少し具体的に考えながら、将来のこの資格のあり方を検証してみたい(明日に続く)

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