来春からは、すべての介護保健施設や介護サービス事業所にサービスの内容や運営状況に関する情報の公表が義務付けられる。これに伴って、一方で現在行なわれているグループホームの外部評価は廃止される。

両者の違いはなんだろう。

新たな義務としてのサービス内容等の公表は、当然、利用者側の選択に資する情報となり得るもので、サービス提供主体は、利用者から選ばれる施設や事業所になるために、公表すべき一定の条件をクリアするように努めることになる。そういう意味での底上げ効果は期待できるわけである。

一方、現在行なわれている、グループホームの外部評価というものは、運営基準等はクリアしていることを前提と考え、その中でサービスの質をより良いものとするために、評価委員の気づきの視点や、外部評価基準とあわせて考えて、より高品質なサービスを提供するための改善点や視点を示すものである。

つまり前者は一定の基準さえクリアしておれば良とするのに対し、後者は、適切にサービスを行なっており、一定基準をクリアしているものの、より良いサービスを提供するために、さらに具体的にどこを、どのようにすればよいか、ということを評価委員と施設職員の協働で考えるという意味がある。

言うなれば介護サービスの向上をエンドレスに考えるのが外部評価の目的である。しかしその廃止により、そういう努力を行なう機会をグループホームは失うかもしれない、という意味があり、公表項目さえクリアできれば、良い事業所、と一般に宣伝できるということは、書式や体裁を整えるだけの中身のない事業所が増えるという危険性をも孕んでいるのだ。

外部評価という方式には時間も人も必要だし、全部の事業所を対象として実施する手間は計り知れないとは考えられるが、モデル事業も含め、ここまで体系化してきた外部評価の手法を、国はなぜ簡単に捨ててしまうのだろう。

理由は簡単だ。

国は保険制度内のサービスについて、それほど質の良いサービスを望んでいないのだ。劣悪なサービスや、不正を働く事業所は排除したいけれど、ある程度の水準が維持されていれば良しとしているのだ。そういう意味での質の担保だ。

本当に良いサービスを求める人は自分のお金を使って探せば良いとでも思っているのだろう。お金のない人達は最低限のサービスしか受けられないのも「自己責任」という理論だ。

つまりは、本当の意味での質の向上には興味がないというのが本音なのではないだろうか。

劣等処遇とか夜警国家という言葉は死語に近いと思っていたが、どうもそうではないらしい。