masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

ラーメンな週



今週は月曜日に福岡入りして、水曜日に北海道に帰ってきた。そして昨日木曜日は札幌で日帰りの仕事を行った。

その為、昼ご飯は出先で外食ということになったが、気が付けば月曜日から木曜日まで、ずっとラーメンを食べ続けていた・・・昼ご飯のバリエーションのなさに、我ながら恥ずかしく思う。

だがここは開き直って、今週食したラーメンを記録しておこう。

まずは月曜日。新千歳空港発・福岡行きの便は10:50発だったので、その前に新千歳空港のラーメン道場で朝食兼昼食として食べたラーメンがこちら。
弟子屈ラーメン
弟子屈ラーメンの、「焼豚辛味噌ラーメン&チャーマヨおにぎり」。10店舗入っているが、僕がここで味噌ラーメンを食べるときは、弟子屈ラーメンか空のどちらかである。しっかり味噌の味がするコクがある系の味噌ラーメンである。

次は火曜日。博多滞在して泊まったホテルの朝食は、朝からしっかりもつ鍋が食べられるがっつり系であったが、博多に来たら豚骨ラーメンを食べない手はない。
博多一双
ということで向かったお店は、博多ラーメンでは人気NO1とも云われる「一双」。
一双前の行列
開店の11時にあわせてたどり着いたが、既に長い行列ができていた。中国語が結構飛び交っている・・・結局30分ほど並んで、店に入ることができた。
一双叉焼煮卵炒り豚骨ラーメン
一双の煮卵・叉焼ラーメン。いわゆる泡系博多ラーメンで、コクのある豚骨スープが特徴だ。安定したおいしさである。

翌水曜日は、北海道に帰る前に福岡空港のラーメン滑走路で昼食。
まんかい豚骨ラーメン&チャーシュー丼
どこに入るか迷ったが、この日は「博多純系 豚骨ラーメン」のまんかいで、チャーシュー丼とラーメンのセットを食した。
まんかい・豚骨ラーメン
まんかい麺リフト
芳醇でクリーミィーなスープにストレート細麺が絶妙マッチングしている。
まんかい・チャーシュー丼
チャーシュー丼は、ややしょっぱかった。豚骨スープをかけてお茶漬け風にして食べるとちょうどよくなった。

そして北海道に戻った木曜日は、札幌に日帰り仕事。札幌駅から2011年に開通した地下歩道空間を通り札幌〜大通り〜地下街ポールタウン〜狸小路というふうに約20分歩いてお腹を減らしてたどり着いたのがこちら。
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吉山商店は、エスタのラーメン共和国に出店していたが、札幌駅改築に伴うエスタの閉館のため狸小路5丁目に移転。
吉山商店
焙煎味噌が売りのお店。観光客に人気の信玄より、コクがあって僕はこちらが好みである。
焙り叉焼焙煎味噌ラーメン
焙り叉焼焙煎味噌ラーメン。
吉山商店麺リフト
黄色縮れ中太面がスープに良く絡む。がっつりお腹を満たしたいときに食べる一杯で、サイドメニューは必要なし・・・。

ということで月曜日から昨日までの昼食はラーメン三昧・・・だがこのような食生活を続けていたら、体重が爆上がりして体にも悪いのだろう・・・今日から室内有酸素運動を再開しながら、健康的な食生活に戻そうと思う。

しばしラーメンは我慢します。


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人を育てるのは人であって、システムにあらず



介護事業を多角経営している某法人が、新年度から新たな事業を開始予定としていたところ、人材が集まらなかったことを理由に開業時期を遅らせる決断をした・・・そして今現在も、開業時期が決定できずにいる。

新規事業所の経営を任せられる予定だった管理職の方が云うには、人材募集に応募が少ないことは初めての経験ではないが、これほど募集に反応が薄いのは初めての経験で、介護人材不足の深刻さを身に染みて感じているとのことだ。

コロナ禍で人減らしが必要となった飲食業や宿泊業が、人の流れが復活したことで、かつて解雇した従業員を再雇用するために大幅な賃金アップを図り、休みをとりやすくするなど、雇用条件も大幅改善して従業員確保に走っている。

そんなふうに介護以外の他産業でも人集めが大々的に行われている。まさに日本全体で労働力の確保競争が展開されているのだ。

そのような中で、給与改善のための経費を価格転嫁することができず、アップ分は介護報酬のプラス改定だよりにせざるを得ない介護事業者は、益々人材確保で苦境に立たざるを得ない。
叱る教育
だからこそ、顧客を確保して事業規模を拡大し、コスパを挙げて収益アップを図る事業戦略が必要になる。

だがそれも人材あっての問題だから、いかに人材を育て、定着を図るかという人材マネジメントは事業戦略上の最重要課題となる。

しかしその肝となるべき人材育成がうまくいっていない事業者が多い。

人事考課を取り入れてシステムを整備しているのになかなか人が育たないと嘆く管理職が多いが、実は人事考課は人を育てるのを放棄するシステムでもある・・・そこでは上司は考課表を埋めるだけで、部下を評価・指導した気持ちになるので、本当の意味で人を育てる教育をしなくなるのだ。

そもそも若いうちは、いろいろな経験を積まなければ育たない。いろんなことに挑戦して失敗を重ねながら成長していくのである。そうした失敗をするのが当たり前なのだから、それをいちいちとがめるのはおかしな話であるが、人事考課はこの失敗をとがめる評価にしかなっていない。

そんな方法では人は育たない・・・システムにも魂を入れないと形骸化するということだ。その為には叱るという教育も重要である点は、「叱れない職場の末路」で指摘したとおりである。

大手企業では魂のこもらないシステムの弊害を認識し、人事考課を取りやめてたところもある。そうした企業では一定期間、上司がマンツウマンで指導するOJTに重きを置いた人材育成システムに先祖返りさせているのである。

感情ある人間に相対する介護事業は、より一層感情ある人間による、愛情ある教育が必要であることを認識することが大事なのである。そうであるからこそ過去に人材育成に失敗した企業がとりいれた、紙の表を埋めるだけの評価・指導という呪縛から逃れなければならない。

人に相対する職業であり、感情労働と言われる介護という職業に関しては、教える側と、教わる側との感情のやり取りこそ重視されるべきでではないだろうか。

人は紙の上に存在するのではなく、今ここにある現実の中に存在するのだということを決して忘れてはならないのである。


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生産性向上推進体制加算気鮖残蠅垢襪燭瓩寮果とは



今年度から短期入所系サービス・居住系サービス・多機能系サービス・施設系サービスに横断的に新設された生産性向上推進体制加算は、100単位/月)と10単位/月)の2区分となっている。

言うまでもなく気上位区分であり、それも下位区分と10倍の開きがある単位となっている。

この加算は体制加算であり、利用者全員に算定できるため、100人定員の施設が上位区分である加算気鮖残蠅垢襪版間120万円の収益となる。しかし下位区分しか算定できなければ年間12万円にしかならない・・・そう考えると、この加算はなんとしても加算気鮖残蠅靴燭い箸海蹐任△襦

下位区分の兇了残衢弖錣楼焚爾猟未蠅任△襦
利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会の開催や必要な安全対策を講じた上で、生産性向上ガイドラインに基づいた改善活動を継続的に行っていること。
見守り機器等のテクノロジーを1つ以上導入していること。
1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供(オンラインによる提出)を行うこと。

上位区分の気鮖残蠅垢訃豺腓蓮⊂綉兇陵弖錣鯔たしたうえで、さらに下記の要件をクリアする必要がある。
(供砲離如璽燭砲茲蟠般害善の取組による成果が確認されていること。
見守り機器等のテクノロジーを複数導入していること。
職員間の適切な役割分担(いわゆる介護助手の活用等)の取組等を行っていること。
1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供(オンラインによる提出)を行うこと。
注:生産性向上に資する取組を従来より進めている施設等においては、(供砲離如璽燭砲茲覿般害善の取組による成果と同等以上のデータを示す等の場合には、(供砲硫短擦鮗萋世擦此◆吻機砲硫短擦鮗萋世垢襪海箸皺椎修任△襦

このように加算(機傍擇啣短察吻供砲砲茲蝓∪源裟向上の取組を段階的に支援していくこととしており、原則として加算(供砲陵弖錣亡陲鼎い深菫箸鮨覆瓠3月以上の取り組みにおいて生産性が向上したという成果を出挙げることにより加算(機砲飽楾圓垢襪海箸鯀枋蠅靴討い襪發里任△襦しかし生産性向上の取組を本加算の新設以前より進めている介護サービス事業所においては、最初から加算(機砲鮖残蠅垢襪海箸皺椎修任△襦

このうちテクノロジー要件として求められる機器は、ア.見守り機器・イ.インカム等の職員間の連絡調整の迅速化に資するICT機器・ウ.介護記録ソフトウェアやスマートフォン等の介護記録の作成の効率化に資するICT機器(複数の機器の連携も含め、データの入力から記録・保存・活用までを一体的に支援するものに限る。)とされている。

加算の場合は、このうちどれか一つでも導入しておればよいが、加算の場合は、アからウまでに掲げる機器は全て使用することであり、その際、見守り機器は全ての居室に設置し、インカム等の機器は全ての介護職員が使用することが必要だ。
※見守り機器の運用については、事前に利用者の意向を確認することとし、当該利用者の意向に応じ、機器の使用を停止する等の運用は認められるものである。

業務改善の取組による効果を示すデータ等については、加算の場合は、1.利用者のQOL等の変化(WHO-5等)・2.総業務時間及び当該時間に含まれる超過勤務時間の変化・3.年次有給休暇の取得状況の変化・4.心理的負担等の変化(SRS-18等)・5.機器の導入による業務時間(直接介護、間接業務、休憩等)の変化(タイムスタディ調査)が必要で、1維持又は向上2短縮3維持又は向上が確認されなければならない。

加算兇砲弔い討蓮13のデータが提出できれば良く、成果は求められていない。

実績データの厚生労働省への報告については、「事業年度毎に1回」とされているだけで、提出時期は示されていない(※事業者都合で提出時期を決めて良いという意味だろう

ただし2.総業務時間及び当該時間に含まれる超過勤務時間の変化については、「対象事業年度の10月における介護職員の1月当たりの総業務時間及び超過勤務時間を調査すること。 」としたうえで、「本加算を算定した初年度においては、算定を開始した月とすること。」と特例規定も明記している。

また3.年次有給休暇の取得状況の変化については、対象事業年度の10月を起点として直近1年間の年次有給休暇の取得日数を調査【年次有給休暇の取得日数は調査対象者全体の平均値(少数点第1位まで)を報告すること。】とされている点に注意が必要だ。

また、生産性向上の取組を従来から進めている介護サービス事業所が最初から加算(機砲鮖残蠅垢訃豺隋加算(機砲了残螻始に当たっては、当該事業所における生産性向上の取組による成果として上記13に該当することを示すデータの提出が必要である。この場合において、データとは、当該事業所において生産性向上の取組を開始した際のデータを有している場合については、当該データと現在の状況を比較することが考えられる。しかしながら、加算(供砲陵弖錣箸覆覯雜邉ヾ錣瞭各前の1の項目に関する調査のデータがない場合等については、当該介護機器の導入前から介護サービスを利用する利用者へのヒアリング調査等を行い、その結果に基づき、委員会において当該介護機器の導入による利用者の満足度等への影響がないことを確認することで足りるものとするとされている。

加算(供砲鮖残蠅垢覯雜逎機璽咼校業所が加算の区分を変更し加算(機砲了残蠅魍始しようとする場合 は、加算(供砲陵弖錣箸覆覯雜邉ヾ錣瞭各後、生産性向上の取組を三月以上継続した上で、13の項目について、当該介護機器の導入前後の状況を比較することにより、成果が確認される必要がある。

加算新設時の4月に要件をクリアして気鮖残蠅靴茲Δ箸垢訃豺腓蓮加算(供砲陵弖錣箸覆覯雜邉ヾ錣瞭各後、生産性向上の取組を3月以上継続した上で、当該介護機器の導入前後における13の項目について、成果が確認されることを示すデータの提出が必要である。

こんなふうにまとめてみたが・・・いやはや複雑で面倒くさい加算である。


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心掛けていることは実践論であること



今僕は福岡市・博多のホテルでこの記事を更新している。

今日は14:30〜博多駅近くの会場で講演を行う予定があり、その仕事に備えて前日に福岡入りした。新千歳空港と福岡空港は直行便で結ばれているが、僕の自宅がある登別からの移動を含めると、当日入りして間に合うのは夕方開始の講演くらいであり、どうしても前日移動になる。

だが前日入りにも良いことがあって、昨日は前夜祭ということで、福岡や山口の知り合いたちと呑み会で盛り上がった。その模様は「野球好きは、あっさりサッカー無視」を参照していただきたい。
2024/6/10博多オフ会
それにしても北海道に比べて九州の夜明けは遅い・・・だが今日は、午後からの仕事なので、空が明るくなって陽が高くなってから起きても余裕である。

今日はTKPガーデンシティ博多新幹線口 ・プレミアムホールで行われる福岡県老人福祉施設協議会・令和6年度第1回総会で、「介護報酬改定の状況から考える今後の介護事業経営」をテーマに講演を行う。

福岡県老人福祉施設協議会さんからは、今まで何度も講演依頼を頂いて、様々なテーマで話をさせていただいている。今回は特養と通所介護の報酬改定・基準改正の要点を解説したうえで、物価高対応されていない厳しい報酬単価という状況で、どのような事業経営をしていくべきかという視点で話をさせていただく。

その講演が終わった後、地下鉄博多駅から唐人町に移動し、合同会社えんどの職員研修として、「介護事業における専門職の使命と役割」という講演も行う予定だ。

合同会社えんどさんとは、今回初めてのお付き合いであるが、研修担当者の方が、数年前に僕が福岡市内の山王病院で行った講演を受講したという方であった。その話に感銘を受け、自分の社のスタッフにもその話を聴かせたいと思っていたところ、あかい花の公式サイトに掲載されている僕の講演予定を見て今回僕が福岡に滞在することを知ったということで、「一度、当社スタッフにも菊地様のお話しを聞かせてあげたいなぁ…と、ずっと考えておりましたところ、6月11日に福岡で講演される予定に気づき、その後のご予定が空いておられないだろうか…と思い勇気を出してメールを差し上げた次第です。」というメールが5/27に届いた。

こうまで云われると断ることはできないので、たまたま講演後に予定がなかったので受けさせていただいた。(※ただし、そのあと福岡県老施協事務局の方からオフ会の打診が来た・・・この時は、すでに唐人町講演の予定が入ってしまっていたので、泣く泣くお断りせざるを得なかった。福岡県老施協の皆様申し訳ありませんでした。

合同会社えんど職員研修では、介護事業に携わる者として、この仕事の使命とは何かということを理解していただくと共に、使命を果たすことによって仕事を続けることに誇りと喜びを持つことができることをあきらかにしたい・・・その基盤となるのがサービスマナーであることを理解できる話をするつもりだ。

そんなふうに14:30〜19:30にかけて2つの講演を行うが、2本目の講演後、座談会もあるため終了は20時過ぎになるだろう。そのあと、博多駅近くで一人呑み会を行って明日の帰道に備えたい。

今日の講演をはじめとして、僕は様々なテーマで講演を行っているが、そこで心掛けていることは、自分ができないこと・自分がやってこなかったことは話さないということだ。

僕が介護事業に携わった最初は、特養の生活指導員から始まっている。その後、相談室長〜業務課長を経て総合施設長を経験してきたわけだが、その間に措置制度から介護保険制度への切り替えという大改革を経験し、すべての福祉系サービス実務に精通する機会を持つことができた。

介護支援専門員の資格も取り、居宅・施設両者のケアマネジメント実務も行ってきた。

さらに母体の医療法人では、医療系サービスもすべて提供していたため、スーパーバイザーとしてそれらのサービスにも関わってきた。

社福法人の総合施設長としては、介護事業経営の先頭にも立って経営実務の経験も乏しくはない。

そうした豊富で多彩な経験を生かして実践可能な実務論を全国各地で語っている。おかげさまで評判も悪くなく、リピーターも多いことがそれを証明していると思う。この半年間で話をしているテーマは下記の通りである。

・介護事業における専門職の使命と役割
・介護という職業の使命と誇り〜従業員のやる気を引き出す実践論
・介護専門職としての社会的使命
・看取りを支える介護実践〜人生会議から命のバトンリレーまで
・介護報酬改定の状況から考える今後の介護事業経営
・介護人材マネジメント〜人材が成長し定着する職場づくり
・チームワークと組織運営
・介護事業における管理職の役割について
・目指せ!介護支援専門員中の介護支援専門員〜君のケアマネジメントに根拠はあるか〜
・ケアマネのあるべき姿とは〜ケアマネはどこまでやるの?本来業務を考える
・虐待を予防し、身体拘束をしないケア
・不適切ケアから虐待への過程と尊厳を守るケアについて
・認知症を知り、地域で支え合おう〜愛を積みながら認知症の人とともに歩む介護 〜
・デイサービスセンターについての加算取得方法
・福祉のプロを醸成する組織づくりとは


全国どこでもこうした話をしに出掛けるので、ご要望がある方はメールで打診いただきたい。条件などを確認したうえで最終決定するのが当然なので、メールで問い合わせたからといって、必ず依頼しなければならないわけではなく、調整の結果見送りでも全然かまわない。

まずは公式サイトの右上の✉マークをクリックして連絡いただければありがたい。よろしくお願いいたします。


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叱れない職場の末路



昨日、中体連の規模縮小が新聞報道された・・・全国中学校体育大会の冬季競技が取りやめられ、夏季競技も体操・相撲などの6競技も取りやめられることになったという。その理由は少子化への対応や教師の負担軽減のためだとされている。

子供の数がどんどん減っていることから、こうした改革はやむを得ないのだろう・・・そしてその影響は労働力の更なる枯渇というところへも影響を及ぼすことは確実だ。

すでに労働力の確保は各産業で最大の問題となり、賃上げをさらに図っていかなければならなくなる。

そのような中で、経営財源のほとんどを公費(介護給付費)によって賄う介護事業は、人件費の増加を価格転嫁できないために、他産業の賃上げに後れを取る状態が続いている。

しかしそれは放置しておいてよい問題ではない。

介護事業とそこで行われるサービスは単なる営利事業ではなく、国民の暮らしを支えるセーフティネットである。その網の目が壊れてしまっては経済活動も破綻しかねないということを鑑みて、介護事業者が必要な労働力を確保できるようなプラス改定を急いでもらいたい。

報酬改定は3年ごとが基本であるが、社会福祉制度が国の経済活動の基盤にもなり得るのだから、期中改定も視野に入れてほしいと思う。(参照:金子教授の「セーフティネット張替え論」
社会のセーフティネット
人材不足の影響は既に介護事業のあらゆるところに見え隠れしていて、いつも従業員募集広告を出しているが、その応募に応じる人も稀であるという声が聴こえる。

そうであるがゆえに、今いる従業員に辞められては困ると考える経営者や管理職が増えており、職場で従業員の不適切な行為等を見ても叱れない上司が多くなっている。叱れないどころか、働きぶりに問題があっても注意さえできない上司も存在する。

そんな状態では職場環境は悪化の一途を辿り、サービスの品質も低下してしまうだろう。

従業員の姿勢を正すことができない状態が介護サービスの場で起これば、利用者の暮らしの質の劣化に繋がりかなないし、虐待事案もそうした環境によって生まれやすくなる。

現に今年5月、埼玉県飯能市の特養で入居している90歳の男性の背中を車いすごと蹴って死に至らしめた事件の容疑者は、上司から勤務態度は良好という評価を受けていた。しかしそれは単に決められた仕事ができたというだけで、利用者に対して失礼な言動が見られていたが、それに対する注意や指導がされていなかったのである。

タメ口や節度のない対応に対する注意や指導が行われないまま、業務をこなせることだけを評価した成れの果てが、虐待死亡事件につながったわけである。

だからこそ注意して行動変容を促すことは重要なのだ。その際に叱られてはじめて理解できるという人もいるのだ。教育指導のために効かるという行為は、単に怒りをぶつけることではなく、愛情ある教育なのである。

そもそも働きぶりに問題がある状態を指摘しただけで辞めてしまう人間に、仕事の成果が期待できるというのだろうか・・・そんな人間は辞めてもらった方が、生産性は高まるというものだ。

しかし叱るといっても、最近ではちょっと注意するだけでパワハラ・モラハラと抗議されるという声も聞こえる。

パワハラ・モラハラには明確な定義があるのだ。その定義から外れる指導や注意は、パワハラ・モラハラと非難されるいわれはないわけであるのだから、管理職やリーダーは、パワハラ・モラハラという定義をきちんと理解したうえで、従業員を育てるための叱り方を学ぶべきだ。

僕の介護人材マネジメント講演では、こうした内容も盛り込んで話をしている。既に来年度も、リーダー研修として、教育指導とハラスメントの違いを学ばせてほしいという講演依頼もいただいている。そうしたご要望は常に受け付けているので、是非メール等で問い合わせてほしい。

ところで僕は今、このブログ記事を空の上から更新アップしている。現在福岡空港に向けた移動中である。新千歳空港から福岡空港までは、直行便で約3時間の旅である。

昨年10月以来の福岡は、美味しい食べ物がたくさんあるところなので、今から楽しみである。明日は福岡から記事更新するので、食べ物情報も含んだ記事となることを期待してほしい。


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繰り返される介護施設の虐待報道



介護事業者に対する社会の信頼を失わせる元凶となっているのが虐待事案である。

だからと言って大多数の介護事業者が虐待を行っているわけではないし、ほとんどの介護事業者は高齢者の暮らしを支える支援に努めていることは間違いない。

しかし虐待とは無縁であると思っていたその場所で、ある日一人の特定職員が信じられない虐待行為に及ぶこともある。だがそれは、利用者の尊厳を奪い、時には命さえ失わせるという、取り返しのつかない結果に結びつく。

そしてそのことは介護事業全体に対する世間の信頼を損ない、介護事業必要悪といった世論に結びつく・・・それは事業経営の危機に直結するだけではなく、介護給付に財源を支出することの足かせになりかねない問題でもある。

そうした社会的影響や、重大なる事案の結果や責任を考えると、虐待に結びつく要素を限りなく少なくするための対策にやりすぎはないと考えなければならない。

勘違いしてはならないことは、虐待しないのは良いことではなく当たり前であるということだ。

だからこそ虐待をしてはならないという教育ではなく、どんなふうに意識が低下し、虐待に結びつくのかということをもっと伝えなければならない・・・集団生活であるなどというサービス提供側の勝手なルールの押しつけが、不適切サービスに繋がり虐待を生む温床にもなることを強く従業員に意識させ、介護事業も歴としたお客様に対するサービスであるとして、その際に必要なマナー教育を徹底すべきである。

そのことは「虐待防止措置未実施減算が新設されたという恥」でも指摘している。
虐待という介護の闇
しかし道内の特養でまたもや恥ずべき虐待事件が発生した。

昨日事件概要がネット配信されたので、それを転載する。
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HBC NEWS 6/6 19:33ネット配信記事より
北海道函館市の高齢者施設で、元職員の男が、97歳の女性入所者の顔をひざ蹴りし、鼻を骨折させた疑いで逮捕されました。

傷害の疑いで逮捕されたのは、函館市日吉町の無職、石垣寛和容疑者27歳です。

警察によりますと、6月3日、石垣容疑者は勤務していた函館の特別養護老人ホームで、97歳の女性入所者の顔をひざ蹴りした疑いが持たれています。

女性入所者は、鼻の骨を折る重傷です。

施設によりますと、女性入所者は、重度の認知症で歩行が困難ですが、深夜、ベットから降りて這いずって、ホールに移動していました。

そこへ石垣容疑者が来て、ひざ蹴りをしたということです。警察の調べに石垣容疑者は「故意でやったことではない」と容疑を否認しています。(転載ここまで
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事件が起きたのは社会福祉法人函館鴻寿会・ケアステーションこうじゅ地域密着型 特別養護老人ホームこうじゅである。

文字リンクを張り付けた公式サイトには、今現在まで事件概要や謝罪文が掲載されていない。本来なら事件報道が出る前に、取材を受けた段階で経緯と謝罪を掲載すべきである・・・公式サイトが何のためにあるのかということも考えてほしい。

容疑者は故意の暴行ではないと供述しているようだが、施設側が防犯カメラの映像を確認したところ、同容疑者が居室を出ようとする女性を蹴る様子が写っていたとのことで、言い逃れはできないだろう。

認知症の人が深夜に這って徘徊することにイラついたのだろうか・・・しかしそれは利用者を膝蹴りして怪我をさせるという非道な行為に及ぶ理由にはならない。

密室化した夜間にこのような行為に及ぶ兆候は、この容疑者にはなかったのか、何を見逃していたのかという検証作業が不可欠だ。

そもそもこの法人・施設における、従業員の利用者対応はどうなっているのだろう。

日ごろからしっかり顧客に対するサービスマナーが徹底され、タメ口対応が行われていなければ、このような状態になるはずがないと思う。

そういう意味で、事件後にどういう対策がとられ、今現在、利用者対応がどのような状態になっているのかを確認したいところである。

介護事業経営者や管理職の方々には、この事件を対岸の火事と見ずに、自分の経営・管理する施設や事業所に、不適切対応と虐待につながる要素が見逃されていないかを考えるきっかけにしてほしい。

繰り返しになるが、虐待防止対策にはサービスマナー教育は不可欠であるし、そうした教育にやり過ぎはないのである。


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医療職と介護職のタスク・シフト/シェア議論について



今日のこのブログタイトルを見て、見慣れない・聴き慣れない言葉が書かれていると思った方も少なくないのではないだろうか。

タスク・シフト/シェアとは、一定の業務を他者に移管する、あるいは共同実施することであり、医療職と介護職のタスク・シフト/シェアとは、医師や看護職員にしか行えなかった業務の一部を介護職員に分担する仕組みを指す。

こうした議論が政府の、「規制改革推進会議」で行われていたが、今年度の答申が5/31、岸田文雄首相へ提出された。

そこで注目したいのが文字リンクを貼りつけた答申の62頁〜64頁である。

そこでは、「急速な高齢者人口の増加に伴い、ケアを必要とする利用者も含め、利用者が増加する一方、医療・介護人材の不足・偏在に現場が直面しており、現場の問題解決・課題解決のために必要な制度整備を行うのみならず、実際に現場の問題解決・課題解決がなされることが喫緊の課題である。」としたうえで、、医療職・介護職間のタスク・シフト/シェアを更に推進し、安全性を確保しつつ利用者本位のサービスを実現するための措置として、「医行為ではないと考えられる範囲を更に整理する。」としている。

さらに介護職員の行うことができない医行為について、以下のような改革案が示されている。
介護現場で実施されることが多いと考えられる行為のうち医行為に該当すると考えられるものであっても、例えば、介護職員が利用者本人との介護サービス契約や利用者同意を前提に当該行為を実施するとともに、目的の正当性、手段の相当性、必要性・緊急性等が認められる場合には実質的違法性阻却が認められる可能性があるのではないかとの指摘を踏まえ、一定の要件の下、介護職員が実施可能と考えられる行為の明確化についてその可否を含めて検討し、結論を得る。
その上で、厚生労働省は、介護職員が実施可能とする行為があるとの結論を得た場合には、一定の要件の下、介護職員が実施可能とする行為の実現のために必要な法令及び研修体系等について検討し、結論を得次第、速やかに必要な措置を講ずる。

正義のテミス
違法性阻却とは、『 ある行為が、外形的には犯罪や不法行為になるように見えても、法律上その行為を正当とする理由があるため、違法性がなくなり、犯罪や不法行為とならないこと。正当防衛や医師の手術行為などに適用。(デジタル大辞泉 より引用)』であり、行って構わないという意味になる。

喀痰吸引や経管栄養(胃ろう・腸ろうなど)については、介護職員が研修等を受講して、「認定特定行為業務従事者」となること等で可能な行為になるわけであるが、それはあまりに狭い範囲の行為である。(※ちなみに喀痰吸引などが認定特定行為とされる以前は、一定の研修を受けた介護職員がこれらの行為を、違法性阻却として実施することが認められていた

超高齢社会が進行する現代社会では、医療器具をつけたり、毎日何らかの医行為を必要とする人が増え続けている。その為、そうした行為に対応する人材を増やしていくことが社会全体のニーズであるが、認定特定行為という形でしか対応が許されていないことが、時代のニーズに合致していないともいえるわけである。

特に問題となっているのがインスリン注射である。

在宅生活を送る人の中には、自分で注射ができない認知症の人も居られる。高齢者夫婦世帯で夫がそうした状態となっている人に対し、手の震えがある高齢の妻がインスリン注射をしているケースもある。ところがその夫がいざ特養に入所しようとしたときに、家族ではない介護職員にはインスリン注射を行うことは許されていないとして、看護職員が対応できない施設に入所を拒まれるというケースがある。

妻からしてみれば、手の震えがある自分が行っている行為を、なぜ介護の専門職ができないのかと憤りをぬぐえないのも当然と言えるのではないだろうか。

それは行き場のない介護難民を生む元凶ともいえる問題である。それらを解決するために、今回の答申は意味があるし、その実現に向けてスピード感をもって取り組んでほしいと思う。

そういう意味では、違法性阻却であろうと、利用者との契約や同意など一定の条件のもとであろうと、どのような形でも良いから、インスリン注射を介護職員が行ってよいとする改革を急いでほしい。

インスリンが注射ではなく、経口摂取できるならば問題ないのだろうが、近い将来そうなる見込みもないのだから、早急に改革してほしいと切に願うものである。


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仕事は好き嫌いで決めるわけじゃない



若い頃、何の職業に就いているのかと聞かれ、「老人ホームに勤めている」と答えると、「お年寄りが好きなんですか?」と尋ねられたりした・・・。

意味が分からないと思った。

誰かに何らかのサービスを提供する仕事を選ぶとき、顧客属性が好みに合うかどうかということが問題になるのだろうか?

そもそも職業選択が、選択した職業の場に存在する何かが好きか嫌いかという感情で決まると考えるのもどうかしている。

市役所のゴミ収集車に乗っている人に、「ゴミが好きなんですか?」と聴く人はいないだろう。老人ホームを職場に選んだ人に、「お年寄りが好きなんですか?」と聴くことはそれと同じ意味である。

勿論世の中には、自分の好きなことをやりたいという思いを大切にして、それが実現できる職業を選ぶ人は少なくはない。

自分の得意分野は、好きな分野と重なることも多いので、結果的に自分の能力を生かす観点から職業を選んだ時、たまたまそれが好きな道だったということもあるだろう・・・だが自分のできることと、好きなことは違う場合もあって、できる仕事を選んだ結果、好きではなかった仕事が、働いているうちに好きになって続けているという人もいるだろう

そんなふうに職業選択の理由は様々だ。老人ホームに勤めているから、高齢者が好きなのかと尋ねるほど馬鹿げたことはないのである。
職業選択の理由は様々
僕の場合は、たまたま進学した大学の選考が文学部社会福祉学科であり、そこでソーシャルワークの勉強をした結果、自分がそうした技術を使う仕事に向いていると思ったから福祉分野の就職先を選んだに過ぎない。

その時期が1983年当時であり、子供が減って高齢者が増えてきた時期と重なり、児童福祉の分野の就職先がなく、高齢者福祉の分野の仕事がたくさんあったという事情がある。特に全国の市町村にどんどん特養が新設されていた時代だったため、たまたまその波に乗って新設の社会福祉法人が運営する特養に職を得たに過ぎない。

そこで長年仕事を継続できたのにも理由がある。

新設の社会福祉法人で、経験者がひとりもいなかったことで、福祉の専門家と思われていた僕が、市役所の天下り施設長から頼りにされて仕事を任されたという事情もある。その時に誰も相談する人がいなかったわけではなく、母体の医療法人の相談室の先輩たちが力を貸してくれたということも大きい。

幸いなことに、それらの先輩たちからは、力を貸してもらい、助けられる一方で、何も見返りなんて求められなかった。パワハラやモラハラとは無縁で、可愛がってもらえたので、自由に仕事をしながら力をつけていくことができた。

そうした恵まれた環境と人間関係のおかげで、40年以上この仕事を続けられたわけである。

その恩返しの意味を込めて、僕の主催する「あかい花道場」では、北海道の後進に無償で教育を行い、育成に努めている。(参照:あかい花道場の現在地

随分年を取ってしまったが、若い頃とは違う形で情熱は持ち続けられているように思う。だからもうしばらくは、そうした恩返しを続けていきたいと思うのである。


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単位は低くとも算定すべき加算



連合が傘下労働組合を対象にした調査の中間集計(5月2日時点)を公表した。

それによると初任給の増加率が最も大きかったのは、飲食店などを含む「サービス・ホテル」の10.34%。「製造業」は5.74%、百貨店やスーパーなどの「商業流通」が5.18%で続いている。

企業規模が大きいほど初任給の増加率が大きくなる結果も示されているが、「99人以下」でも増加率は4.43%である。

介護事業者の新介護職員等処遇改善加算の増加率は、令和6年度に 2.5%、令和7年度に 2.0%でしかないのと比べると、他産業の増加率はそれを大きく上回っていることとなる・・・しかも2.5%とか2.0%といった数字は、加算配分をすべて介護職員にだけ配分した場合の数字であり、事業者の裁量権を行使して他職種に配分の幅を広げれば、広げるほど増加率は下がることになる。
初任給
コロナ禍で一時飲食・宿泊業などから離れ、介護事業者に転職した人々は少なくないが、こうした賃上げ状況は、介護事業者に転職した人が元職に戻ってしまうなど、介護業界から人がさらに減る要因になるという懸念がぬぐえない。

だからこそ介護事業経営者は、加算だけに頼らない独自の給与改善に努めていかねばならない。最低でも介護職以外の昇給原資は収益を上げる中で別に確保して、介護職員等処遇改善加算は全額介護職員に配分するなどして、最大限の増加率を確保する必要があるのではないか・・・。

それでも他産業の昇給増加率に追いつかないが、どちらにしても最大限の経営努力で収益を確保して、従業員に最大限の還元をするという考え方がないと人材確保は困難となり、事業経営が継続できなくなりかねない。

そのため加算は最上位区分の算定を目指さねばならないし、単位数の低い加算でも拾えるものは拾っていかねばならない。

例えば短期入所系サービス・多機能系サービス・居住系サービス・施設系サービス共通に新設された生産性向上推進体制加算は、気鉢兇涼碓椋垢10倍である。

定員100人の特養で気鯀完に算定できれば年額120万円の収益になるが、兇世12万円にしかならない・・・この差を考えると、総業務時間及び当該時間に含まれる超過勤務時間を短縮させるなどのハードルは高いとしても、なんとしてでも上位加算を算定せねばならない。

だが単位が低くとも算定すべき加算がある。それは施設サービスと居住系サービスに新設された高齢者施設等感染対策向上加算(5単位/月)である。

この加算は気畔算残蠅任る加算であり、「感染対策向上加算に係る届出を行った医療機関から、少なくとも3年に1回以上、施設内で感染者が発生した場合の感染制御等に係る実地指導を受けている場合」に算定できるとされている。

実地指導は、医療機関において設置された感染制御チームの専任の医師又は看護師等が行うこととされているが、その内容は下記である。
・施設等の感染対策の現状の把握、確認(施設等の建物内の巡回等)
・施設等の感染対策状況に関する助言・質疑応答
・個人防護具の着脱方法の実演、演習、指導等
・感染疑い等が発生した場合の施設等での対応方法(ゾーニング等)に関する説明、助言及び質疑応答
・その他、施設等のニーズに応じた内容

※単に、施設等において机上の研修のみを行う場合には算定できない。

実地指導内容は決して難しいものではなく、ハードルは高くない。しかも感染対策の重要性が増す中で、こうした指導はより重要となってくることを考えると、従業員教育としてこうした指導研修を受けることは、収入以外にもメリットがあると言える。さらに、「感染対策向上加算に係る届出を行った医療機関」も増えているので、指導委託する医療機関を探すことにさほど苦労はしないだろう。

最も重要なことは、この加算は実地指導又は実地研修を受けた日から起算して3年間算定してよいとされていることだ。

つまり一度実地指導を受ければ、他に何もしなくとも3年間算定できる加算なのである。

今月この指導を受けた施設は、今月から2027年3月まで何もしなくとも5単位を利用者全員に加算算定できるのだ。

さすればこの加算は単位が低くとも、コスパは高いと言えるのではないだろうか・・・こうした加算は算定しておかねばならない。だから1月でも早く感染制御等に係る実地指導を受けてほしい。

担当者は早急に、「感染対策向上加算に係る届出を行った医療機関」との連携を図らねばならないのである。


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いつもと違う6月



暦を見ればすでに6月・・・先週土曜日が1日だったため、今日・月曜日が月が替わって最初の出勤という人も少なくないだろう。

介護事業者にとって今年の6月は、例年のこの月とは少し違う月になった。この月からやっと全サービスの報酬改定が行われることになるからだ。

3年ごとの介護報酬改定は、4月に全サービスが一斉に行われるのが普通だが、今年度は訪問看護訪問リハ通所リハ居宅療養管理指導医療系居宅4サービスの報酬改定時期が6月にずれ込んでいる。

これは診療報酬改定時期にあわせたものだ・・・もともと診療報酬も4月改定が通常であったが、医療DXを進めていることに関連して、年度替わりに様々な医療システムの変更が行われる予定であったため、この時期に診療報酬改定が重なると、医療機関やシステムベンダーの負担が集中して、想定外の事故が起こることを懸念して、一昨年の段階で診療報酬は6月改定にずれこませることが決めれていた。

そのため介護サービス事業をおこなっている医療機関も多いことから、昨年10月の介護給付費分科会で、介護報酬も改定時期を6月にすることが国から提案された。

だがその時点では水面下で、今年度の介護報酬はプラス改定になるであろうという情報が流れていたので、プラス改定になる時期が2月も遅れることはまかりならんとして、全国老施協等が反対したのである・・・そのため妥協案として医療系居宅4サービスのみの改定時期がずれたのである。

この部分については、全国老施協が随分頑張ったと評価できるのではないだろうか。

それにしても改定時期がずれた4サービスを経営している医療機関は、本当にこの改定時期変更でメリットがあったのだろうか。老健等を経営している医療機関は、施設サービスと居宅サービスの改定施行時期がずれたことで、逆に混乱したのではないかと思ってしまう。
介護処遇改善
さてそれはともかく今月は、処遇改善加算の統合・一本化という大きな変更も行われる。

ただし加算の配分を事業者の裁量で自由設定できる変更については、4月から実施可能とされていたため、給与規定を改定して4月から配分が変更されて支給されている事業者も少なくないだろう。

6月からは加算率がアップされるので、更なる給与改善に期待している人も多いと思う・・・ただし今回の加算配分は複雑である。

新加算の加算率の引上げを行う際、介護現場で働く方々にとって、令和6年度に 2.5%、令和7年度に 2.0%のベースアップへとつながるよう、介護サービス事業者等の判断により、令和6年度に令和5年度と比較して増加した加算額の一部を令和7年度に繰り越した上で、令和7年度分の賃金改善に充てることを認めることとし、令和6年度分の加算の算定額の全額を令和6年度分の賃金改善に充てることは求めないとされているのだ。

その際、令和7年度の賃金改善の原資として繰り越す額(以下「繰越額」という。)の上限は、令和6年度に、仮に令和5年度末(令和6年3月)時点で算定していた旧3加算を継続して算定する場合に見込まれる加算額と、令和6年度の新加算等の加算額(処遇改善計画書においては加算の見込額をいう。)を比較して増加した額とするとしている。

その為、4月に定期昇給や加算配分変更などで、給与アップした事業者の一部は、6月以降に新加算に移行した分の昇給は行わずに、6月以降の加算算定で増加した収入分の配分をそっくり令和7年度に繰り越すというところがあるかもしれない。

そういう事業者の職員は、じっと来年度まで加算配分が増えることを待たなければならない・・・なんとも複雑怪奇な加算となったものである。

どちらにしても新しくなった処遇改善加算の取り扱い(配分等)については、従業員に周知しなければならないことになっているので、疑問が解消されていない方々は、上司や経営者に説明を求めて差し支えない。

経営者や管理職は、その説明責任があることを自覚・理解していただきたい。


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生産性向上対策とは相反するワンオペ増加



少子化に歯止めがかからない我が国では、労働力が現在より減り続けることが確実であり、介護事業の人材不足も解消の目途がない。

その為、介護事業人材を増やそうとする対策どころか、現在より人材を減らさないようにする対策も不可能となり、人材は減り、不足するということを前提にした対策が必要になっている。

その為に必要とされるのが介護DXデジタルトランスフォーメーション)=IT技術を人・組織・社会に活かす変革である。

だが勘違いしてほしくないことは、DXの主役はテクノロジーではなく、人間であるということだ。

つまり介護DXとは、介護職員等が中心になってITテクノロジーを使いこなし、それにより生じた効果を十分に活かせるように、介護ビジネスモデルや組織体制、働き方を良い方向に変えていこうとするものである。
介護DX
そしてその目的は、「介護事業における生産性の向上」である。

当然のことながら生産性の向上とは、効率よく結果を出すことであり、介護に生産性向上を求めるという意味は、ひとり一人の介護職員が効率よく介護の結果を出す今より少ない人数と時間で、要介護者のケアを完結するという意味に他ならない。

見守りセンサーやAI搭載ロボットを活用して、介護職員の仕事がやりやすいように変えて、今より少ない人員配置で、できる限り時間をかけずにケアを完結しようとしているのだ。

この具体策として行われているのが、見守りセンサーやインカム等を一定台数以上設置した介護保険施設や居住系施設において、夜勤職員の配置人数を緩和するというものである。緩和というと聞こえは良いが、要するに夜勤者の人数を減らすということだ・・・今後は、この配置人数緩和を日中を含めて全体に及ばせていこうというのが介護DXの目指すところである。

しかしこの具体策には大きな矛盾が生じることに気づいている人は何人いるだろうか・・・。

生産性を高めた結果、従前より少ない人数で同じ仕事を完結させようとすれば、場面場面を切り取るとワンオペ勤務が増えることになる。

施設サービスの場合、同時間に複数の介護職員が勤務していたとしても、それらの職員はフロアごとに分かれて仕事をすることが多いため、日中時間帯であってもフロア内ワンオペ状態になることが多い。生産性を高めるため、あるいは高くなったと判断した結果、配置人員を削るとこうしたフロア内ワンオペ勤務は増えることになる。

仮に個人の生産性が上がったとしても、ワンオペが増えることでそのノウハウは受け継がれることなく消滅し、結果的に組織としての生産性は下がると云われている・・・国はこうした矛盾にどう答えるのだろう。

さすれば介護という人に向かい合う仕事において、生産性向上は無理がある方向性ではないのだろうか。ないものねだりを目指しているのではないだろうか。

いくらテクノロジーを使いこなしても、そこで起きることは生産性の向上による新しい介護=科学的介護ではなく、利用者の不満も苦痛も無視した、サービス提供側の都合による機械的介護でしかないのではないだろうか。

そこでは利用者本位という言葉は、限りなく形骸化していくのではないか。

そして近い将来の日本の介護は、個別ニーズを顧みない集団ケアでしかなくなると云えるのではないだろうか。


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悲報から1年で新しい出会い。



昨日から松山入りして、今朝は大街道近くのホテルで朝を迎えました。

昨日は17時過ぎに松山空港に降りましたので、そこから大街道に移動しホテルにチェックインした後、すぐに食事に出かけました。松山ひとり呑みの様子については、「masaの地と骨と肉〜私に、さわら、ないで」をご覧ください。

さて北から南にやってくると夜が長いですね。この季節、北海道は19時と言えば真っ暗ですが、松山の19時はまだ明るいです。そのため夜の街をふらふらしたくなります。

しかし朝は油断できません。今朝の登別の日の出は04:01:53 AM・・・しかし松山市の今朝の日の出は04:59:15 AMで、約1時間の差があります。朝目を覚ましてた時にまだ暗いと思っていたら、起きなければならない時間となっております。

そんな朝ですが、早朝5時にCBニュースの連載がアップされています。
CBニュース最新連載記事
快筆乱麻・masaが読み解く介護の今の101回目の連載記事は、「増え続ける会議・委員会の開催、生産性向上の足かせに」です。

硬い記事のほうは上記を参照していただくこととして、今日のブログ記事は「かる〜い」話題にしたいと思います。

ということで本題・・・。

生きるうえで必要なことは数えきれないほどあるのでしょう。そしてそれは人によってそれは様々な違いがあるのでしょう。

働いて生活の糧を得るということも生きるために欠かせないことであります。しかしそのための仕事が辛いだけのものであるとしたら、人生とは辛く厳しいものでしかなくなるでしょう。

だから仕事に意義を見つけ、その意義を達するための過程を愉しめなければなりません。それが長く仕事を続ける秘訣にもなるのでしょう。

それと共に、仕事の疲れをとるための愉しみを暮らしの中に持つことは非常に大切なことです。運動や読書といった趣味も大切なのです・・・それと共に、食べる喜びをいつまでも持っていたいと思います。

ということで今日は、僕の食の愉しみに関連したたわいのない記事を書きます。くだらなくてもお付き合いくださる方は、お読みください。

室蘭市にある僕の行きつけのご飯やさん(ラーメンと定食が抜群に美味しいお店)が去年4月、店主が高齢となったことを理由に閉店したことは「悲報」という記事でお知らせしていました。

それから早1年以上・・・登別市と室蘭市という僕の生活圏域の中で、僕の舌を満足させてくれるラーメンになかなか出会えないでいました。

特に北海道で一番おいしいと思っていた味噌ラーメンが食べられなくなったのは辛いことでした。あれ以来、僕の舌に合う味噌ラーメンがないかと、登別市と室蘭市の飲食店を回ったが残念ながら出会いはありませんでした。

苫小牧市や千歳市あたりまで足を延ばせば、そこそこ気に入った味噌ラーメンはあるのですが、いかんせん距離がありすぎます。ふと気が向いたときぶらっと食べに行ける距離にお気に入りの味噌ラーメンがないのは辛いことです・・・僕の人生の幸福度は、昨年以来少し下がったのではないでしょうか。

そんなことを思っていましたが・・・しかし、ついに旨いと思える味噌ラーメンとの新たな出会いの機会が訪れました。それも自宅から車で5分も走ればたどり着ける場所にお店ができたのです。

その店とは、この4月にオープンした麺屋哲神(てつじん)です。

ここの特製味噌ラーメンが、久しぶりに僕にヒットしました。
特製味噌ラーメン
ご覧のように白みそ系です。麺も北海道の味噌ラーメンとしては珍しく、中細ストレートに近い縮れの少ないタイプですが、この味噌スープが甘みと深みがあっておいしかったです・・・ただしお値段が950円とやや割高感があります。

こちらの動画もご覧ください。
3種の醤油合わせラーメン
3種の醤油合わせラーメンは、きれいですが、あまりインパクトのない普通の醤油ラーメンでした。900円。

炒飯
炒飯は、パラパラでおいしかったけど、反炒飯がなく1人前なので、ラーメンと一緒に食べるには多すぎました。

チャーマヨ丼
チャーマヨ丼はミニサイズなので、こちらとラーメンの組み合わせは良いと思います。

今後味噌ラーメンが食べたくなった時には、こちらのお店にお邪魔する機会が増えるでしょう。いいぞいいぞ。


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経営者とリーダーそれぞれの介護事業経営視点



僕は今、愛媛県松山市に向かう空の上でこの記事を更新している。

明日と明後日、愛媛県老施協主催の2つの研修会でそれぞれ講演を行うための移動日である。

コロナ禍以前は、新千歳空港から松山空港まではANAとIBEXの共同運航便での直行便が運行されていたが、コロナ禍でそれがなくなり、今現在も復活していない。

その為、今回も羽田経由で松山入りする。しかし今日は羽田で乗り継ぎ待ち時間が2時間あるため、松山空港に到着するのは16時過ぎになる。ホテルにチェックインできるのは17時近くになるだろう。

昨日は低気圧の影響で線状降水帯が発生するなど大荒れの天気で、四国も大雨となったが、今日は全国的に天気が回復しており、移動にも支障なく予定通りに到着できるだろう。

愛媛県老施協さんをはじめとして、愛媛県の介護関係者団体等からは定期的に研修講師依頼を頂いているため、松山市には年に何度も泊まる機会がある。だが全国的に有名な道後温泉に泊まることはほぼない。

僕の定宿は県庁や市役所に近い大街道という繁華街近くである。そこは四国最大の飲み屋街もあって便利だ。今回も大街道の真ん前のホテルに3泊4日の予定で宿泊する。夜は一人で一番町・二番町・三番町と云われる付近を千鳥足で徘徊していることだろう。

明日は愛媛県老人福祉施設協議会・令和6年度第1回施設長研修会、明後日は、昨年度から担当している愛媛県老人福祉施設協議会・リーダーを担う中堅職員対象「特別研修」のシリーズ3回目の講演である。

今回は共に介護報酬改定・基準改正について、明日は100分、明後日は180分講演+60分GWの予定となっている。
明日につなぐ介護
当然のことながらテーマが同じでも、経営者と管理職・リーダ職に伝える内容は異なってくる。

介護事業経営者たる施設長の方々には、介護事業の未来を創る視点からの報酬構造の見かたを、管理職・リーダーの方々には介護事業の今を作る視点からの報酬構造の見かたを伝えてこようと思う。

主に特養・通所介護の変更点や重要点を解説する予定になっているが、既に改定報酬に基づいてサービス提供されている「この時期」を踏まえて要点を伝えたいと思う。

どちらにしても物価高に見合ったプラス改定とはならなかった新介護報酬であるから、厳しい経営が強いられてくる。その為、全従業員にコスト意識をもって業務に当たっていただかねばならない。

そこでは福祉と収益は相反する問題ではないという理解が求められ、経営者は管理職やリーダーに、管理職やリーダーは一般職の方々に、そのことをどのように伝えるべきかということも問題になる。そこも重要な点である。

経営者と管理職・リーダー職などが、それぞれ役割分担しながら、利用者に対するサービスの品質を維持しつつ、きちんと利益を出して安定経営に努めねばならないのである。

それが従業員を護ることに繋がり、しいては利用者の暮らしを支えることに繋がるのである。

ということで明日からの2日間、そのことを解かりやすく伝えてきたいと思う。松山でお愛する皆様、どうぞよろしくお願いいたします。


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孤独死・孤立死はなくせないが・・・。



政府は今月13日、今年1〜3月に自宅で亡くなった一人暮らしの人が全国で計2万1716人(暫定値)確認され、うち65歳以上の高齢者が約1万7千人で8割近くを占める現状を明らかにし、年間の死者数は約6万8千人と推計されるとした。

誰にも看取られず、自宅でひっそりと亡くなり、死後にその遺体が発見されるケースは、孤独死あるいは孤立死と呼ばれている。

孤独死と孤立死の概念は微妙に異なっており、以下のような意味であると云われている。(※国が定めた正式な定義ではなく、社会通念上の意味合い
孤独死とは
家族や親族、近隣住民やホームヘルパーなど日常的に交流している相手はいるが、死亡時にはそばに誰もいなかった状態
孤立死とは
仕事や社会的活動をしていない独り暮らしの方が、社会的に孤立した状態で誰にも知られず死亡した状態

孤独死であっても、常日ごろ必要な支援を受け、日常生活が正常に営まれているならば、それはひとり死であって問題なく、むしろ超高齢社会である我が国においては、そうした亡くなり方があり得ることを理解して在宅生活を選択すべきであるというのが、地域包括ケアシステムのコンセプトの一つである。(参照:在宅ひとり死を他人が推奨する社会は怖い社会かもしれない
孤独死と孤立死をなくすために
しかし孤立死とは、社会との接点を失うか、その接点が希薄になった人の死に様であり、それは死に至るまでの間に、当事者を悲惨な状態に陥らせるケースも少なくない。死に至る過程で緩和医療や緩和ケアが必要なのに、それを受けられないことで、痛みにのたうち回って死に至る悲惨なケースも生み出す。

そのような孤立死を余儀なくされる人の中には、亡くなった後に長期間放置され、遺体が発見された後、特殊清掃が必要になる人も少なくない。

そうした亡くなり方をする人の7割以上が男性であるといわれている・・・男性は仕事をリタイヤした後、自分が住む地域等で、仕事以外の関係性を他者と築くのがいかに下手であるかという証明だろう。

こうした人たちが、通所介護等に通ってくれるとしたら、孤立死は減っていくのだろうが、それは簡単ではない。むしろ今後の地域社会では、軽介護者の通所介護が地域支援事業化されることによって、軽介護者はできるだけサービス利用しない方が良いという誤解が生じ、益々孤立した高齢者がサービス利用しずらくなり、制度の光が届きにくくなる懸念がある。

そうならないような働きかけが必要である。

また通所サービスの運転業務に関わっている人が、送迎対象者の自宅周辺に、どのような人が住んでいるかを知悉して、送迎時に窓のカーテンの開閉状態や、物干しざおに干されている洗濯物の状態などを観察して異変を察知することも重要になる。(参照:地域包括ケアには怪しい人が求められる?

そういう意味では、介護の専門資格や専門知識のない運転専門の方々であっても、自分自身が地域包括ケアシステムを担う一員であるという使命と誇りを持つことができるように、職場全体でその意識を浸透させる取り組みが必要だろう。

高齢者の状況確認の取り組みを行っている地域を参考にしたシステム構築も考慮に入れたい。

例えば大阪のベッドタウン・豊中市では、「見守りローラー作戦」と名付けられたボランティア活動が行われている。小学校区ごとに選ばれた校区福祉委員と呼ばれる住民ボランティアと、民生委員がチームを組み、地域の全世帯を回り安否確認しているのである。

地域包括支援センターが音頭をとって、こうした支援活動ができないかを話し合う場を設けてほしい。

そうしないと近い将来この国は、隣人の存在を死臭によって初めて知るような寒々しい地域社会ばかりになってしまうだろう・・・そうしないための取り組みは、今から始めなければならない。


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セル介護提供方式で生産性向上を



全産業で労働力が減る中で、必要とされる介護人材の数を確保することは不可能であることが明らかになっている。

その為に求められるのが介護DXであり、介護の生産性向上である。

そこでは従前からの介護の方法論を抜本的に見直して、180度視点を変えた介護の新方式を創り上げていくことによって、従前より効率的な介護ができるのではないかという考え方である。

ICTやAI搭載ロボットの活用もその一つの手であるが、それによって劇的に介護サービスの場における人手を減らす効果があったり、業務負担が大幅に減少することがあったりすると考えるのは大きな間違いである。

人の手に替わって、それらのテクノロジーが担ってくれる業務は非常にわずかだからである。

そのよい例が見守りセンサーだ。その性能は年々向上し、誤作動もなく利用者の危険行動を察知して知らせてくれるように進化している・・・しかし察知した状態に対応するロボットや他の機械は存在していない。そこでは人の対応が不可欠であり、センサーの機能が向上すればするほど、人による対応時間も増えるという矛盾さえ生まれている。

巧緻性動作と力のいる動作を、一瞬のうちに切り替えてつなげて行動できる人間のようなロボットは、AIの進化だけでは実現できないのである。

だからこそ介護サービスの場における、人の動きを抜本的に変えて、業務改善することも必要である・・・しかしこの部分の介護事業者の対応は遅れている。

例えば同じように担い手不足の看護の場では、新しい方法論が生まれ、既に成果を出している。

それが「セル看護提供方式」である。

同方式は、福岡県にある民間の飯塚病院が開発し、道内では砂川市立病院がいち早く導入したもので、看護師がナースステーションで待機せず、病室や廊下など患者の近くで仕事をするスタイルである。

この方式は、ナースステーションから病室に向かう従来方式よりも効率が良く、患者の安心感も高まるという。
セル看護提供方式
看護師は従来、問診や採血の際や、ナースコールを受けて病室に向かっていたが、新方式では病棟全体を管理する看護課長のみステーションに常駐し、他の看護師は上の画像のように、パソコンや看護用器具をワゴンで持ち運び、病室や病棟の廊下で業務する。

原則2人一組で、8人ほどの患者に対応するという。

この方式のメリットは、ステーションから病室までの距離を往復する時間や手間が省けることであり、患者のケアに時間も人数もかけられるようになるという。また以前はナースコールで呼んだ看護師が来る前に、患者がベッドから離れ、転倒するケースがあったが、そうした事故が減少しているともいう。

この方式を取り入れた後、患者さんから、「看護師がすぐ近くにいるのはありがたい」という声が挙がり、看護師からは「患者と十分に話ができる」との声も聴かれ、双方から歓迎の声が上がっているという。

介護事業者も、こうした看護の新しい方法論を参考にして、介護職員がサービスステーションで待機したり、事務作業をこなす方法をやめて、居室のすぐ近くでPCやタブレットを利用して、利用者のニーズや要求に即応できる、「セル介護提供方式」を取り入れたらどうだろう。

看護の場で成功しているという実績を参考に、介護の場で新しい方法論に取り組むことこそ介護DXと言えるし、生産性の向上につながるのではないのだろうか。

やってみないで、できない理由を探すのではなく、まずはやってみることだ。その結果が思わしくなかった場合は、元に戻せば良いだけの話である。

そこで忘れてはならないのは、『Let's begin!』の精神である。

ともかく何かを始めようとする精神を失った時、退廃・腐敗が始まることを忘れてはならない。


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介護を続ける人々の使命感



介護業界・・・そしてそこで働く人々・・・決してそれらすべてが純粋無垢で、穢れがまったくないわけではない。

場合によっては、利用者から搾取することしか考えていない介護事業経営者によって、介護という名の闇の中に深く閉じ込められ、悲惨な暮らしの中で孤独な死を迎えざるを得ない人を生み出したりしている。

繰り返される介護事業者における虐待の数々も介護の闇の部分であり、汚いエピソードも決して少なくはない。

働く人の置かれた環境も様々で、ボランティア残業が当たり前とされる事業者もあり、待遇も社会の底辺に近い状況で、休みも満足に取れずに働かされている人も少なくない。それはあたかも経営者が従業員から搾取するかのような醜い経営スタイルである。

このようにこの国の介護業界は、多くの矛盾と欠陥を抱えている。

だが決して綺麗事だらけではない介護業界で、献身的に利用者に寄り添う人がいることも事実だ。

彼らは必ずしも公平ではなく、満たされているとは言えない環境下で、歯を食いしばり、身を挺して厳しい仕事に打ち込んでいる。

そういう人々が何万人もいるのも事実なのだ。

彼らは職場での地位が上がったり、誰かから賛美されたりするのを願ってそうしているのではない。

彼らを、肉体的にも精神的にも過酷な職場に繋ぎとめているのは、何よりも使命感なのだ・・・いきすぎた使命感は、確かにある種の横柄さを感じさせるし、権力誇示(けんりょくこじ)もつきまとう。
使命と誇り
だが体の芯から冷え込む寒い夜や、そぼ降る雨の中であっても利用者宅を訪問し、白い息を吐き、凍える指先を温めながら地域を巡回したり、人が寝静まっている夜中に、一人でたくさんの施設利用者のケアをワンオペ状態で続けていられるのは、権力や金銭に対する憧れではない。

誰しもが眼をそむけたくなる汚物に向かいあい、悪臭に耐え、吐き気と闘いながら、短い睡眠時間と疲れ切った体に鞭を打って、誰かの身の回りの世話を行い続ける理由は、誰かから信頼と尊敬を得られると約束されているからではない・・・むしろそのような期待は裏切られることの方が多い。

彼らを動かしているのはすべて、「この仕事をするものが社会に必要なのだ」・「そして自分はそれをすべきである」という使命感にほかならない。

たとえ介護関係者以外の誰一人も認めないとしても、彼らは介護という職業に誇りを持っている。その誇りとは、自らに対する誇りであり、その誇りを失えば仕事を続けられなくなるだろう。

そのような使命感やプライドに頼ってはならないことは言われるまでもない。介護経営者であれば、それに見合った対価を渡す努力をしなければならないこともわかっている。

しかし決して楽をして金を稼げる職業ではない介護の仕事には、使命感を抱くという、そうした部分も必要だと思う。

介護という仕事は、心身が不自由で自分の不利益を他者に訴えることができない人に向かい合うという一面がある。その時には介護者自身が何をすべきか、そのすべての決定権を持つことができるケースが多々あることから、それを権力だと勘違いしてしまうリスクがある。そしてそのように誤解したとき、とめどない腐敗が生じ始める。

そうした密室における決定権を、権力であると誤信している介護支援者がいないわけではない。腐ったミカンの方程式のように、どんな組織であっても、尊厳を失っている、あるいは誤った考えの持ち主は存在する。

腐敗した介護支援者は、多くの場合、介護という職業に対してよりも、所属する、あるいは所属していた介護事業者という組織そのものに絶望し、そのことへの不満が腐敗の原因をつくっている。

しかし腐敗した理由に、一片の正論があろうとも、腐敗したという事実そのものが負けである。そこから正義は生まれない。だから腐ったミカンは箱から取り出し、捨て去らねばならないのだ。

そうしない限り、その腐れに侵されるのは介護サービス利用者になってしまうのである。

そうしないために、私たちは介護という職業に使命感を持って関わり、利用者の暮らしを支える必要があるのだ。

介護サービス利用者を支えること・・・それは国を支えることと同じ意味だ。

国は見えない。だが利用者は見える。ひとり一人のために、ひとり一人が働いている。どれほど目立たない、どれほど地道で、毎日同じ繰り返しで終わりのない行為であっても、それがひとり一人を支えている。

人は自分のための人生を歩む。自分と自分を取り巻く、家族や友人の小さな輪の幸福を願う。幸福はしかし、収入や地位、権力のみではない。自分に問うこと、自分の存在、自分の歩いてきた道が、誰が決めたものでもない自分自身のルールを逸脱していないかどうか・・・ルールに外れていないことを確信することもまた、幸福をもたらす。

僕は自分のためにソーシャルワーカーとなった。その中で社会福祉援助の専門職としてのルールを外さなかったことは誇りであり、幸福である・・・そう言える仲間を、少しでも多く創りたい。

そういう後輩を一人でも多く育てたい。


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会議のためにケアができない



新年度に入って、会議に追い立てられて忙しい思いをしている人が多いのではないだろうか。

新設加算の算定要件としての会議や、あるいは基準改正において新たに義務付けられた会議が増えて、ケアサービスの場で利用者に相対するべき従業員が、勤務中に会議に出なければならない機会が増え、そのことが生産性を低下させるのではないかという危惧については、「増え続ける会議・委員会は生産性を低下させないのか」で論評したばかりだ。

だが今回の会議要件の乱発は、生産性を下げるという以前に、会議に時間がとられて介護ができないという本末転倒もここに至れりという状況を生んでいるように思う。
無駄な会議
例えば今回新設された、「認知症チームケア推進加算」は、対象者1人につき月1回以上の定期的なカンファレンスが必要とされている。

BPSDの改善のために統一した対応を心掛けるために、話し合いを行う重要性はわかるけど、カンファレンスを毎月繰り返さねばならないのだろうか・・・それも、「対象者1人につき」である。

認知症によるBPSDの症状がある人が複数いる場合(※複数いないケースの方が少ないが・・。)、全ケースに毎月カンファレンスの対象とせねばならない。いったい勤務時間は何時間あると思っているのかと言いたくなる。

そもそもこの加算は、複数人の介護職員から成るBPSDに対応するチームを組んでいることを要件にしている。各フロアでそのような少人数のチームが責任をもって対応しているのだ。そうであればBPSD対応のモニタリング等はカンファレンスという形ではなく、通常業務の連絡という形で十分共通認識をもって対応できるだろう。

よってカンファレンスという形の話し合いは半年程度の周期で行うだけで十分ではないのか。何より重要なのは、介護スタッフが介護の場にできるだけ張り付いて、利用者との対話を含めた対応時間をとることではないのだろうか・・・。

しかしながら実際には、認知症チームケア推進加算のために毎月カンファレンスを義務付けする要件や、そのほかに3月ごと、6月ごとなどの複数の会議要件が新設された今年度以降は、介護職員もそこに参加せねばならない機会が多く、ケアする時間が削られている。

介護は利用者に接してなんぼという本質を無視している要件としか思えない。事件は介護現場で起きており、介護現場でしか求められる介護はできないのだ。

そもそもこれだけ会議を重視するのは、頭脳としての役割を担い続けてきた官僚の発想でしかない。彼らは自分が頭脳役として考えることで、そこで決定されたことは誰もが従い、それによって世の中の仕組みがかあるという経験則を持っている。

介護の現場も同じように考え、頭脳の役割が発揮できさえすれば、その決め事に沿って何もかもが良い方向に動くのだと単純に考えているのだ。

そこにうごめく人間の感情など無視されている。そもそもこれほど多くの会議要件をクリアするために、介護の場から職員が大幅に削られることになるなんて考えていないのだ。官僚の現場はデスクであり、デスクの成果を会議でアピールする仕事しかしていないから、そんなことは想像外になるのだろう。

介護の場で、こうしたナンセンスな会議要件に対応するためには、認知症チームケア推進加算のための毎月の会議なんて必要なしと考えて、必要とされるケアの実施状況の確認程度で、できるだけ短時間に話し合いを済ませるように努めるべきだ。

同時に、スタッフが一堂に介して会議を行う必要もないと考え、スマートホンなどを用いて施設内の業務を行っている場所で、オンライン会議で済ませれば良いと思う・・・ここはICTを最大限活用するところだろう。

それにしても・・・このブログの読者の皆さんは、本当にこれだけの会議が必要だと思っているのだろうか?


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介護の社会化はいまだ遠い先



介護関係者であれば、介護の社会化という言葉を知らない人はいないだろう。

この言葉は1980年代を通して、介護の負担が多くの家族を苦しめていることが大きな社会問題になっていた際に盛んに使われた言葉である。

介護問題を個人の問題と放置せず、社会問題としてとらえ、介護の負担を個人や家族で抱え込むのではなく、専門的な介護サービスを皆の負担で(税や保険料で)確保していこうとする考え方である。

そのために新たな国の財政支出及び国民負担が増えたとしても、社会的に介護を保障することが必要だとする意見が90年代に急速に強まったのである。

その考え方が介護保険制度の創設につながったことは今さら言うまでもないが、当時の政治的流れなどを知らない世代が、介護関係者にも増えてきた。

当時のことを鮮明に記憶していない方や、経緯をよく知らない方々には是非、「介護保険・夜明けの雷鳴1」・「介護保険・夜明けの雷鳴2」・「介護保険制度へと続く道」・「介護保険制度誕生前に吹き荒れた嵐」という一連の経緯をまとめた過去記事を参照いただいて、介護保険制度ができるきっかえや経緯、その中での紆余曲折などの歴史を理解していただきたい。

リンクを貼った記事を読むとわかるように、介護保険制度の創設は、戦後初めて社会保障制度の抜本的改革が行われたという意味であり、大改革であったのだ。

だが介護保険制度創設から24年・・・来年は四半世紀を経る制度ということになるにもかかわらず、介護の社会化が実現したとは言い難い。
まだ険しい道のり
先週も次のようなニュース報道がネット配信されている。
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ABCニュース:関西ニュース(05/14 10:03 配信記事の転載)
大阪市で90歳の男性が首を絞められた状態で見つかり、その後、死亡が確認されました。警察は息子を逮捕していて、介護疲れが動機とみて調べています。

5月14日午前4時半ごろ、大阪市港区の理髪店で「父親が死んでいます」と消防に通報がありました。警察がかけつけたところ、店内で王森一民さん(90)が意識不明の状態で見つかり、その後、死亡が確認されました。当時、店内には理髪店を経営する息子の王森浩嗣容疑者(61)がいて、警察は殺人未遂の疑いで逮捕しました。

(近所の人)「仕事もあるし介護と両方1人でするのは大変だったのかなと。私らにできることがあれば」

王森容疑者は父親の一民さんと2人暮らしで、調べに対して「介護に疲れた」と容疑を認めているということで、警察は容疑を殺人に切り替えて調べを進めています。
ネット配信記事転載ここまで
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事件は決して介護放棄の結果、起きたわけではない。容疑者となった長男は、日ごろ自営の理髪店を切り盛りしながら、父親の生活全般の面倒を見ていたのだろう。61歳の男性一人でそのような暮らしを続けることは決して簡単なことではなかったと想像がつく。

被害者は介護サービスも利用していた模様で、毎週通所介護を利用していたという報道記事もある。そうであれば居宅ケアマネが担当していた可能性も高いし、訪問サービスなども利用していたのかもしれない・・・決して長男ひとりで、父親の介護負担を抱え込んでいたわけではないのだ。

にもかかわらず、「介護に疲れた」という理由で父親を死に至らしめてしまったケースである。このような悲劇をどう防ぐことができたのだろう。

本件のような事件が起きると、担当ケアマネや居宅サービス事業所の担当者が、主介護者の介護疲れなどの煮詰まった状態に気が付かなかったのかと非難されることもあるが、そうした状態に気が付くのは容易なことではない。

介護サービス利用者に接する機会が多くとも、主介護者に接する機会はさほど多くない。通所介護の送り迎えや、毎月のケアマネのモニタリング訪問の際にそうした機会があったとしても、心の弱さを他人に見せまいと取り繕う家族も少なくない。多少元気がない様子が見られても、日ごろ献身的に介護を行っている人が、このような事件を起こすなんてことを想定することは困難だ。

むしろ事件が起きるまで、そんなことが起こる兆候も見えないというケースがほとんどであり、関係者が気づかなかった責任を負う必要なんてないケースが多いのである。

だからと言って、こうした事件が起きたことは仕方がないと投げ出すようなことがあってはならない。

少なくとも介護関係者は、こうした事件が繰り返されないように何か対策ができないかと考え続ける必要がある。

主介護者が誰にも相談できずに煮詰まってしまわないように、心の底に巣くう思いを打ち明けられる関係性をケアマネジャー等が作るためにどうしたらよいのか・・・その方法にエビデンスはないので、あくまで個別の対策として、対象者の人となりを見据えて考え続けなければならない。

答えは見つけられなくとも、考え続けることや、想像し続けることをやめてしまえば、解決策は永遠に見つけられなくなることだけは間違いない。

そうした袋小路を創らないようにアプローチする責任が、社会福祉援助者にはあるのだと思う。

そういう意味で言えば、ケアマネジャーは自分はケアプランを作る人ではなく、相談援助の専門家であることを利用者や家族にアピールして、どんな時でも、どんなことでも相談を受けられるような関わり方をしなければならないと思う。


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カスハラ対策の基盤



顧客による迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が、様々な場面で問題視されているが、その対策強化のために厚生労働省は法改正を調整する作業に入っている。

対策強化に当たっては、正当なクレームと線引きするためにカスハラに該当する範囲が明確になるよう定義することが必要とされる。

そのうえで就業環境が害されないよう雇用管理上の必要な措置(相談体制の整備等)を義務付ける法整備なども念頭に労働者保護対策を強化することが検討される。

またカスハラを予防するための顧客対応に関する従業員研修の強化や、消費者の権利と責任について理解を促す教育の必要性にも言及されている。
毅然
介護事業においては、2021年度から全ての介護サービス事業者に適切なハラスメント対策を求める基準改正が行われた際に、併せて留意事項通知において、カスタマーハラスメント防止のための方針の明確化等の必要な措置を講じることが推奨されたことから、その対策をとっていることと思う。

カスタマーハラスメント対策とは、顧客の理不尽な迷惑行為に対して、介護事業者側が毅然と対応するという意味だ。

しかしそこには前提条件が存在することを忘れてはならない。

それは顧客対して毅然と対応するということは、日ごろお客様に対するサービスに失礼がないという前提によって成り立つ姿勢であるということだ。

このブログでは何度か指摘しているが、私たちはボランティアではなく、対人援助のプロとして利用者と相対しているのである。そうであれば私たちは、利用者に介護サービスを提供するのではなく、介護サービスを売っていることになる。

よって私たちが仕事として相対している人々とは、単なるサービス利用者ではなく、顧客=お客様なのである。それは疑いようのない事実だ。

よって私たちは、お客様に対して失礼のない態度を貫き、常に真摯に接することができていなければならない。そういう前提があってはじめて、顧客による迷惑行為(カスタマーハラスメント)に毅然と対応できるのである。

そうした真摯な態度に欠け、マナーの欠片もない態度に終始しているのであれば、顧客から失礼で理不尽な態度をとられたとしてもお互い様としかいいようがなくなる。そこでは毅然とした態度なんてとりようもない。

つまりサービスマナーの徹底こそ、カスハラ対策の第一歩なのである。

顧客による迷惑行為(カスタマーハラスメント)から従業員を護るために、毅然とした態度で接すると胸を張っていうためにも、日ごろの従業員に対するサービスマナー教育は不可欠であり、その教育を介護実務の場で生かした接遇ができる職場環境を創ることが、介護事業経営者や管理職・リーダーに求められているのである。

そのことを決して忘れてはならない。
カスハラ対策の基盤はサービスマナーの浸透


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思いだけで飯は食えないというけれど



昔々、介護保険制度は社会保険なんだから、社会福祉ではないという大学教授が居た。

その教授の話を聴いた時抱いた疑問は、『高齢者介護の制度を社会福祉から除外することが国民の審判なしにできるか?』ということである。

介護保険制度の創設時に、社会福祉から高齢者介護を除外することであるなんて言う政治家はどこにも存在していなかったし、そうした議論は介護保険制度創設を審議する国会で一度も行われていなかったからである。

高齢者介護を社会福祉制度から除外するのであれば、それが果たして許されるのかどうかという国民審判を受ける必要があると思った。それをテーマにした総選挙が行われていない限り、そんなことはあり得ないだろうと感じた。

そういう意味で、その教授の意見は独断と偏見に満ちた高慢ちきな考え方に過ぎないと思った。しかしそうした傲慢な大学教授が国の審議会の委員を担い、介護事業者団体等の主催する研修会で堂々とそうした乱暴な話をし、なおかつその話を鵜呑みにする関係者もいたのである。

それは介護保険制度が施行された2000年頃のことだ。

だが実際には介護保険制度の創設は、社会保障構造改革の一端として行われたものであり、社会福祉と高齢者介護を切り離すものではないことは明白である。

社会福祉の「福祉」とは、社会の人々にとっては権利である。それに対して社会保障の「保障」とは、人々によって構成された社会として果たすべき組織的な責務(義務)を意味する。

国民の福祉という権利を、国は社会保障という形でその実現を図ることで、国家としての責務を果たすのである。

そういう意味で、国家が人権を護るために存在する限り両者は切り離すことができないものであり、社会保障構造改革の中で創設された介護保険制度は、社会保険方式を取り入れた社会福祉を実現する制度と結論付けてよいものである。

このように障害者福祉の問題は人権の問題であり、人権の問題は社会福祉の問題である。そして社会福祉の問題はすなわち社会保障の問題でもあるのだ。他者を思う心
ここで今一度確認してほしいことは、人はみな人として暮らす権利を生まれながらに有しているということだ。心身に何らかの障害を抱えた人も、障害のない人と同じ権利を有しているのである。

ハンデキャップがあって人並みの暮らしを送るために支障が生じている人がいるなら、それを補うべき責任が国家にはあるのだ。そしてその責務を果たすために創られた制度やシステムの中で働く専門職は、ハンデを持つ人の人権をとことん護り、人間として尊重され、豊かな暮らしを送ることができるように支える使命を持つのである。

そうした使命を持つ専門職に、「」がなければ、制度もシステムも、援助知識も技術もみな空しいものになる。

社会福祉の価値前提は人間尊重なのである。それは人としての存在そのものが尊いものであり、能力や属性など様々な違いがあったとしても、存在価値に変わりはないものと理解することが根っことなる考え方だ。

そのような価値前提は、世の中の人々が心の底から他者を敬うという心づもりがなければ、存在しないのと同じ状態になる。人間愛というものがそこには不可欠なのである。

社会福祉援助の専門家は、この根っこを忘れてはならない。理屈ですべてを処理しようとしてはならないのだ。

だからこそ・・・。

魂を込めて人に関わらないと、人の心の中の哀しみも苦しみも、そこからなくならないのだ。表面だけを取り繕うアプローチでは、人の心の中の哀しみや苦しみは一瞬姿を隠すだけで、心理の奥底に隠れてしまい、油断をした瞬間に人の心をずたずたに切り裂く結果にしかならない。

そうであるがゆえに、人の暮らしに関わる専門家として、「あなたは決して一人ではありません。私が傍らについています。傍らで愛をつむぎます」という「思い」を持ち、「思い」を伝える支援姿勢が求められる。

科学できない「」が求められるのである。


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新人職員の元気がなくなってはいませんか?



株式会社マイナビのポータルサイト・メディカルサポネットの連載記事「菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営」の第5回目配信記事が昨日アップされた。(※この連載は全12回の予定です。
菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営
今回のテーマは、「従業員がメンタルヘルス不調に陥らない組織づくり

毎年GW明けのこの時期にメンタルヘルス不調に陥る従業員が多くなる。いわゆる「5月病」と呼ばれる症状である。

それはすべての介護事業者においても無縁ではない。

特に4月に入職した新人職員の中には、なかなか新しい仕事に慣れず、先輩職員のようにテキパキと業務をこなせないことから、自分の適性を疑い、仕事に対する希望が絶望に変わっていく人も少なくない。

同時に志高く、介護という職業が人の暮らしを護り、社会に役に立つ職業であるとして選んだ人が、先輩職員の機械的作業のように利用者を扱う姿に絶望し、心を折って介護業界から去ってしまう事例もある。

皆さんの職場では、そんな新人職員はいないだろうか・・・。希望に燃えていた新人職員が、この1月半の間に元気を失い、表情が乏しくなり、声が小さくなっていないだろうか。

そうしたちょっとした変化を見逃してしまうことは、将来ある若者の夢や希望を捨てさせることに繋がるし、強いては職場の貴重な財産であり戦力である人材を失うことに繋がりかねない。

そうしないために何が必要だろうか・・・是非その答えを探して、今回の連載記事を読んでいただきたい。
メンタルヘルス不調を防ごう
それに加えて今日は、このブログ読者にも伝えておきたいことがある。それは僕の介護という職業に対する思いと、その思いをつなげるべき若い人々につたてほしいことである・・・。

僕は介護という職業は、利用者の暮らしを護るために存在すると信じている。

少し大きなことを言うが、目の前にいる誰かの暮らしを確実に支える仕事を、何年も続けていくということは、とりもなおさずこの国と、この国の人々を護ることにつながっていると思う。

だから介護という職業を続ける人には、この国とこの国の人々を護りたいという動機づけを持ってほしいと思う。新人職員には、そうした動機付けを持つことができる教育をしたいと思い続けてきた。

それが自己満足と言われてもかまわない。むしろ自己満足で何が悪いかと言いたい。

介護という職業に従事して、つらい苦しい思いをしたって誰かが褒めてくれるわけじゃない。暦に関係なく世間の人々が休みの間も黙々と働き、誰かの暮らしを支えているからと言って、莫大な金がもらえるわけでもない・・・だから介護という職業を続けることに自己満足を感じて何が悪いんだと思う。

僕たちは機械ではないのだ。ひとり一人が人間で、迷いや不安を持っている。だからこそ、せめて自分で自分を肯定してやらなければ、いつか壊れてしまう。

そういう弱さや、弱さに向かい合う方法と考え方も新人職員に伝えてほしい。それが5月病を克服するための何よりの力になるのだ。

そんなふうにして5月病は、その段階で周囲の人が気づいて対策することにより回復する症状である。

だがこれを放置することでうつの入り口であると云われる6月病に陥る人が多いことを理解しなければならない。

介護の仕事は、「感情労働」とも呼ばれ、組織的にメンタルヘルスを管理する必要がある仕事であるという理解と配慮が求められるのである。

そしてその時に大切なことは、自分が選んだ介護という職業の使命を理解し、その仕事を続けられる自分に対して誇りを持つことができるということであることを、決して忘れてはならない。


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施設配置基準緩和策の成れの果て



枯渇する介護人材対策として介護DXの必要性が叫ばれ、ICT等のテクノロジーを最大限活用することで、人の配置を少なくできないかという議論が続けられている。

介護保険施設等の配置基準緩和も、その一環として行われていることであり、その中には介護保険施設の看護・介護職員の配置基準である、対利用者比3:1の基準を4:1程度まで緩和できないかという議論もされてきた。(参照:看護・介護職員配置基準緩和の危うさ

おそらく今後も、この配置基準緩和は繰り返し議論の俎上に挙がり、現行より緩和した配置基準への変更が模索されていくのだろう。

だが仮にこの配置基準が緩和されたとしても、介護保険施設は、喜んで職員配置数を減らすことにはならないと思う。

そもそも現行の配置基準である対利用者比3:1ぎりぎりで看護・介護職員を配置している施設はほとんど存在しない・・・そんな配置では、有給休暇が消化できなくなるだけではなく、日常業務もうまく回らず、介護職員は残業するのが当たり前の状態になってしまうからだ。(※ブラック施設では、この残業の手当もつけずに、サービス残業を強いる形で行わせている
疲弊する介護現場
僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人では、介護職員も事務職員と同様に、きちんと有給休暇を消化して、なおかつ日常の業務も勤務時間内で余裕をもって行えるようするために、僕が施設長を拝命した以降、順次介護職員の補充に努めたことから、ユニット型ではない従来型特養(多床室中心型)であるにもかかわらず、対利用者比2:1の配置まで介護職員数を増やして対応していた。

勿論、そのために単年度赤字が出ては困るので、(※短期入所生活介護を含め)特養のベッド稼働率を低下させないための対策や、通所介護の利用者数の増加に努め、経費の削減にも努めてきたわけである。

配置職員も正規職員以外に、準職員・パート職員・夜間専門職員等、多様な勤務形態で忙しい時間帯に対応できるように工夫を重ねてきた。介護助手という言葉がないことから、実質的に助手も雇用配置していた。(参照:介護助手議論がなぜ馬鹿馬鹿しいか

しかも利用者ニーズに即した対応を考えると、そうした配置も利用者属性などで必要性が変わってくるので、これだけの数を揃えたから終わりということではなく、数の上限は定めたうえで、その時雇用している職員を、どの時間帯に、どのような形で仕事ができるようにするかという工夫に終わりが来ることはなかった。

さらに言えば、職員募集に簡単に応募してくれる人がいるわけではない状況が年々すすんでいったので、他の介護施設にはない魅力を発信して、新卒者をはじめとした若者が、募集に応募してくれる工夫もし続けていた・・・そんなふうにして配置基準を上回る職員数を確保してきたのである。

どちらにしても、国の基準配置数だけで適切なサービス提供と、法令(労働基準法など)に沿った適切な労務管理を両立させるのは困難であった。

対利用者比3:1基準というのは、それだけ無理を通して道理を引っ込める形の数字でしかないという理解をすべきだ。

ICT等の活用を図って介護職員の働き方を変えたとしても、削減できる業務は極めて狭い範囲だ。ロボットが人に替わってトイレ介助でもしてくれない限り、数時間も継続して人的配置を削ることができる状況にはない。

よってまともな介護事業経営者なら、配置基準が緩和されたからと言って、その最低基準まで従業員を削減できるとは考えない。

人がいないからと言って、その最低基準に当てはめた経営を続けていれば、必然的に介護職員にしわ寄せが来ることは確実で、うつ病などの精神疾患を含めた健康被害が増すだろう。

人員の削られた場では、日中でもワンオペが増えるのも必然だから、牛丼店すき家で起きたワンオペ中の死亡事故の様なケースも続出するだろう。

その為、益々介護を職業としようとする動機づけを持つ人が減っていくことになる。それだけではなく高校の進路指導担当教員が生徒に介護業界への就職を指せないような指導が増え、子供を介護職だけにはさえまいとする親も増えるだろう。

結果的に配置基準緩和という施策が、介護人材をさらに減らしていくのである。それが施設配置基準緩和策の成れの果てである。

官僚や、基準変更を論ずる委員会構成メンバーは、こうした介護実務の実態や、人に替わる機器がいかに拙いものであるのかという事実を知っているのだろうか・・・知っているのに、知らないふりをしているのだろうか・・・。

そもそも介護労働のワンオペ増加の弊害というものを意識した議論がされているのだろうか・・・。


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函館の特養における虐待報道に触れて



今年度の介護報酬改定では、ほぼすべてのサービス横断的に高齢者虐待防止措置未実施減算が新設されており、それは我が国の介護事業者の民度の低さの象徴ではないかということを先月論じた記事を書いた。(参照:虐待防止措置未実施減算が新設されたという恥

そんな折も折、残念なことに道内・函館市の特養で虐待が行われていたとの報道がされた。NHK 北海道 NEWS WEBに昨日配信された記事の内容を下記に転載する。
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NHK 北海道 NEWS WEB 5月14日 19時48分配信記事
ことし3月、函館市の特別養護老人ホームで、入所者の体に複数の不自然なあざが確認され、虐待が行われた可能性のあることがわかりました。市が関係者から聞き取りを行うなど詳しく調べています。

市が調べているのは、函館市釜谷町にある特別養護老人ホーム「潮寿荘」です。
関係者への取材や情報公開請求で入手した資料によりますと、ことし3月、この施設に入所する86歳の女性の胸や脇の近くに打撲の痕のような複数のあざが確認されていたことがわかりました。
施設側の聞き取りに女性は、特定の職員の名前を出し、「この人の介助はもう嫌だ」などと訴えたということです。

市は女性がみずからぶつけて出来るあざではないことなどから、特定の職員が夜間や早朝などに虐待を行った可能性があるとみて詳しく調べています。

また、この施設では去年10月、職員が夜勤中に酒を飲み、入所者に決められた量の薬を与えないなどずさんな介護を行った上、その事実を同僚と口裏合わせをして隠そうとしていたこともわかり、市は、十分なケアをしないネグレクトの疑いでも調べています。

特別養護老人ホーム「潮寿荘」の柏原美之施設長は、NHKの取材に対し、「関係者に謝罪を行うとともに、防犯カメラを導入するなど再発防止策を検討しています。市の調査には協力していきます」と話しています。(転載ここまで
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虐待が行われた潮寿荘
※画像は虐待が起きた特別養護老人ホーム「潮寿荘」
本件の虐待の半年前には、夜勤者2名が飲酒していたという。これは普通の職場では考えられない大事件で、コンプライアンスに重大な欠陥のある職場と言われても仕方ないだろう。

事件を起こした特別養護老人ホーム「潮寿荘」の母体である社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webを見ると、この特養は入所定員50人+ショート定員2人となっている。すると前年度の入所+ショートの利用者平均が50名以下であれば、夜勤者は2名でよいことになるが、その2名の夜勤者が酒を呑んで業務放棄していたということだ。

これはネグレクトというより、もはや職場放棄であり、懲戒免職とすべき由々しき問題である。そのような勤務実態があるということは信じがたいことで、法人内で由々しき事態として改善の取り組みを行っていることと思うが、いったいどうのような改善策がとられてきたのか・・・。

普通の職場ではあり得ないひどい勤務実態があったということは、この施設の職場風土が乱れに乱れていたと云わざるを得ない・・・これほどの重大事件が起きるような職場の意識と環境を改善するためには、相当の覚悟を持った大手術が必要である。

そのような中で今回さらに利用者の身体にあざを創るほどの虐待行為が繰り返されたということは、半年前の事件を踏まえた意識と環境の改善策が十分取られていなかったということになり、この法人の意識の低さは非難されてしかるべきだろう。

現時点で社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webには、昨年10月の飲酒事案をはじめ、今回の虐待経緯や謝罪文を載せていないことも当事者意識の低さをあらわすものと言わざるを得ない。

取材に応えている施設長の口にする虐待再発防止策が「防犯カメラ導入」であるというのも情けない・・・監視体制の強化でしか虐待を防止できないというのか・・・このような対策が一番に口にされるという状態である法人は、社会福祉法人の体をなしていないと思う。

もう一度社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webを読んでみると、ここには『人間愛』が一番の理念に掲げられている・・・空しい看板である。

昨年のネグレクト疑い事案から、今回の身体への暴力が疑われる虐待という経緯を考えた場合、法人理事長・施設長という両トップの責任は重たい。お詫びして終わりでは済まされないケースだろうと思う。

このような職場を正常な状態に戻すには多大なエネルギーを要する。何より入所者を顧客と意識して接するサービスマナー教育が必然である。それも実効性のある、実務に生かせるマナー教育でなければならない。

全ての介護事業関係者は、こうした事件を対岸の火事として眺めるのではなく、自らの職場をこうした劣悪な職場にしないために、日ごろから従業員に対してサービスマナー研修を行っておかねばならない。

そのことが利用者の人権と尊厳を護る対応に繋がっていくのである。少なくともサービスマナーが徹底された職場で、虐待が起こることはないのである。


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看取り介護って何をしたらよいかわからないという疑問に応えて



国立社会保障・人口問題研究所が2018年に行った試算によると、2030年に年間死亡数は160万人を超え、その後2050年ごろまで160万人台で推移していく見込みであるとされていた。

ところが今年2月に厚労省が発表した速報値によると、昨年(2023年)の死者数は159万503人となっている・・・ということは今年で死者数が160万人を超えるのは確実と言える状況である。

このように2018年の試算より6年も早く死者数が160万人を超えることになるのである。

しかしこれほど多数の死者に対応できるほど、医療機関のベッド数は確保されていない。その為、必然的に我が国では医療機関以外で最期の瞬間を迎える人が増え、その準備を進める必要があるわけである。

こうして既に我が国は、死ぬためだけに医療機関に入院できない社会となっており、回復不能な終末期になった際には、今いる場所で最期の時間を過ごす必要があるのだ。

だからこそ介護事業に携わる関係者は、サービス種別に関わらず、必ず終末期支援の必要性があることを自覚し、看取り介護スキルを向上させていく必要がある。

しかし看取り介護は、決して特別なケアではない。勿論、終末期特有の身体状況変化に対応したケアを行うために、備えおくべき知識は存在する。(参照:看取り介護研修で欠落させられない知識情報

しかしそうした知識も、介護専門職に必要な知識として、ごく当たり前に学び獲得するものであるし、看取り介護の基本は、日常ケアの延長線上にごく普通に存在する時期のケアに過ぎない。

身体の安楽・精神の安定・・・そうしたことを保障するケアは日常的に行われているはずであるし、行われなければならないものだ。

ただし看取り介護は、医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがないと診断した者に対するケアであり、余命診断が行われているのが普通である。
(※終末期とは、治療により回復の見込みがなく、数週間〜半年程度で死を迎えるだろうと予想される時期であり、余命半年以内が終末期の目安

つまり限られた時間の中で行うケアであるということだ。

そこで大事になることは、その限られた時間を意識したエピソードづくりである。

看取り介護を実践しようとする介護施設等の職員の方から、「看取り介護と言っても、実際、何を具体的にすべきかがわからない」と質問を受けることがあるが、特別なことをするのではなく、この限られた時期を意識したエピソードづくり・・・看取り介護対象者とこの世でご縁があった様々な人が、ごく自然にお別れの時間を創る支援をすることが重要なのである。
看取り介護講演スライド
上のスライドは、来月予定している看取り介護講演のPPTスライドの1枚である。

ここでは僕が今まで実際に経験してきた看取り介護の実践から、様々なエピソードを紹介して、どのように限られた時間の中でお別れの時間を創り、そこで看取り介護対象者がどのように過ごしているのかということを紹介する。

看取り介護とは、介護職員以外の訪問者もない密室化された居室に遮光カーテンが引かれ、日中でも暗い部屋の中で一人寂しく過ごして死んでいくことではないということを具体的に伝えている。

その話を聴いた多くの受講者の方が、「自分の考えは間違っていなかった」とか、「こんな看取り介護なら、自分でも行うことができる」と自信を持ってくれる。

悲惨な状態で、悲惨な死を迎える「看取り難民」が生じないためにも、是非、本物の看取り介護実践医つながる講演を聴いていただきたいものである。

講演の依頼や問い合わせは、介護福祉道場あかい花の公式Webの右上の✉マークをクリックして、連絡をお寄せください。まずは相談からお気軽にお願いします。


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ケアマネジメントの課題を論じているのは硬直化した脳



柔軟な思考回路のないエセ学識者の集まりでしかない、「ケアマネジメントをめぐる様々な課題を議論する検討会」では、介護支援専門員(以下:ケアマネと略)の受験資格を巡って実務経験の見直し論が示されている。

しかしその内容は、「5年の実務を3年程度に緩和しても良いのではないか」という中途半端なものである。

動脈硬化の進んだ脳みそしか持たない彼らは、現行の受験資格に実務経験5年要件があるというところからしかこの問題を考えられないのである。

加速する時代の流れ(※要介護者の増大スピードの加速と、ケアマネの成り手が減っているという現状など)にあわせた改革が必要である現状を鑑みれば、そのような硬直的思考回路は不必要であるだけではなく、もはやそのものでしかない。
硬化脳の集まり委員会
逆に問うが、なぜ実務経験がないとケアマネジメントができないと決めつけるのだろう?

そもそもソーシャルワーカーであるケアマネの試験の実務に、ソーシャルワークとは全く関係のない職業の実務5年を課しているけど、それって意味があるのだろうか?

なるほど介護福祉士として5年も実務を積んでいれば、コミュニケーション能力はほどほどに熟練していくだろう。だがそれはソーシャルワーク技術とは似て非なるものでしかない。

逆に社会福祉士の資格を持つ優秀な学卒者は、1年目からしっかりソーシャルワークの場で、その知識と技術に基づいた援助を展開している。新卒者の社会福祉士が、特養で相談員として利用者対応をしっかり行っている今現在の姿を見て見ろと言いたい・・・そういう人たちはケアマネジメント業務をしっかりこなせるのである。

5年もの実務経験が、ケアマネになりたいという動機づけを若者から奪っている現状を考え、それを反省したうえで受験者を増やし、ケアマネジャーを増やしたいと思うならば、実務経験の要件なんてなくして良いのだ。

少なくとも社会福祉士というソーシャルワークの国家資格を持つ者については、その資格でケアマネ試験も受験して良しとすべきである。そのことはこのブログで何度も指摘している。(参照:ケアマネ受験になぜ実務経験は5年も必要なのか(下)

同じことは居宅介護支援事業所の管理者は主任ケアマネでなければならないという要件議論にも現れている。

管理者と主任ケアマネの役割は異なっており、当然その資質も違うわけであるが、そうであるにもかかわらず管理者が主任ケアマネでなければならないというおかしなルールが存在し、それによって事業管理に適性があっても管理者になれない人も居る。そもそもこの要件がネックになって管理者が見つからずに運営に支障をきたしている居宅介護支援事業所も少なくない。

そのためこの要件の撤廃意見も挙がっているのに、その意見に賛同する声は出ていない。

これも現行の管理者要件が主任ケアマネであるというルールの呪縛から抜け出せない連中の議論でしかないからだ。

しかしもともと主任ケアマネ要件などなかったもので、それを2018年の制度改正から、現行要件に見直したものである。(※当時は2021年3月まで経過措置あり

それも主任ケアマネの資格取得が難しい管理者が現に存在するなどの理由で、2021年3月末時点で主任ケアマネ以外のケアマネが管理者であり続ける場合には、2027年3月まで原則の適用を猶予するという経過措置延長が行われている。(参照:管理者要件厳格化の経過措置延長を要望した協会の今更

それほど実現し難い要件であるし、実現しても意味がない要件なのである。そうした問題への対処についても、時代のニーズに合わせられない頭の固い人間どもが、侃々諤々と意味のない議論を続けている。

まったく肩書だけ立派で、知性の欠片も感じられない馬鹿の集まりでしかない国の委員会で、何を決めようというんだろうか・・・その姿は滑稽で、恥ずべき姿でしかない。

どの面下げて委員を名乗っているんだろう・・・。


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