07/09/28 開催の「第6回介護施設等の在り方に関する委員会」議事録を読むと次のような発言に行き当たる。
(山本委員)特養に入ると入ったらそこにお任せなのか。というのは、特養に入っている人たちは介護認定を受けている。そうすると、それぞれの基準があって、それぞれの人々に対して、要介護1とか2とか3とか出るわけである。
そこまではよいが、私が知っているところで、全員車椅子である。わかりますか、全員車椅子です。車椅子が一番体を悪くするというのはおわかりでしょう。だから、そういう支援に入れば、例えば、まだ20年ぐらいは元気でいける人が、5年か10年で亡くなってしまう。車椅子が一番体力を落とすものになっている。必要な人は必要ですよ。ところがみんなだから、そういうのは基準をつくって、こういう人には車椅子は使用させない。できるだけ動くことである。
だから、そういう基準を施設内でつくるか、そういう制度をつくるか。あるいはこちらで決めた基準をつくるか。どちらかにしないと、何のために施設に入っているのか。そういう点をひとつ考えてもらいたい。
(以上、引用転載)
どこの特養の例かは定かではないが、本当にそんな実態があるんだろうか。そもそも車椅子に座る必要がない人を車椅子に全員乗せているとして、おとなしくそこに座っているんだろうか?寝たきり老人を座ったきり老人にしても意味が無いということは以前から言われているが、それはその通りだし、山本委員の指摘のような特養があるとしたら、これは大きな問題であることは間違いはない。しかし・・・。
我々の施設の例で言うと、車椅子を使っていなかった方が、施設入所をきっかけに車椅子を必要とするようになる理由は、歩ける方が車椅子を使うようになるのではなく、ベッド上での生活で大半の時間を過ごしていた方々が、車椅子を使って日課活動に参加して、日中、車椅子の使用頻度が増えるから他者との共用の使い回しの車椅子では対応できなくなるので、個人専用で使える車椅子を準備する必要が生ずる、ということである。
そこから短距離の介助歩行ができるようになる方もいるし、ホールで歩行訓練をしている利用者の姿を見て、数年ぶりで立って歩いている姿を見た、と喜ばれる家族の方も多い。
ましてや山本委員の発言のなかで「まだ20年ぐらいは元気でいける人が、5年か10年で亡くなってしまう。」という状況は現実の特養に入所している方の平均寿命が、国民全体の平均寿命より低くないという実態とは乖離している指摘と思える。
本当に車椅子が必要ではない人の歩行機会を奪っている特養があるのか、それによって特養入所者の平均寿命は一般の平均寿命より低いとでも言うのか。
車椅子の安易な使用があるとすればそれはどのような理由で全体のどの程度にそうした現象が現われているのか、個人の印象ではないところで、具体的な検証が伴わないとならないはずで、少なくとも国の検討機関での議論としてはあまりにもお粗末な認識と指摘ではないのか。
そもそも指摘されている特養のような施設が実際にあったとして、安易な車椅子の使用を基準で解決できると思っているんだろうか。人の身体状況はある一定の基準ではおさまらないほど複雑で個別なものであり、基準で使用を規定してしまえば、そこからはじかれた人々の生活の不便を助長する結果を同時に生むことは、福祉用具の軽度介護者への給付制限が証明しているではないか。
制度やマニュアルでの規制が当てはまらないから後にあのルールも大きく変わっている。こういう例からの学習能力が皆無なのが現在の専門委員の実態なんだろうか。
それを防ぐのは基準ではなく、専門家の見識と専門知識・技術であり、唯一の解決法は、そうした人材を育成し現場に貼り付けることができるシステムの構築である。有能な人材が現場からどんどん離れていってしまう現実が、おかしな介護現場を生み出している最も大きな要因ではないのか。
とにもかくにも特養の関係者は、こうした馬鹿げた指摘が国の委員会で行われていることを知っておくべきだし、それゆえに安易に車椅子を使用することによって機能を低下させるような支援方法が現場で行われないことを検証すると同時に、寝たきりといわれている方々を単に車椅子に移乗させるのがケアではなく、車椅子に移乗して何をできるのか、ということが本来の生活支援であることを踏まえて考えるべきである。
そして、まっとうにケアを行っている大部分の施設関係者は、学識者という冠をかぶった無知に対して大いに声を挙げるべきである。
介護・福祉情報掲示板(表板)
(↓ランキング登録しています。クリックして投票にご協力をお願いします。)
人気blogランキングへ
(山本委員)特養に入ると入ったらそこにお任せなのか。というのは、特養に入っている人たちは介護認定を受けている。そうすると、それぞれの基準があって、それぞれの人々に対して、要介護1とか2とか3とか出るわけである。
そこまではよいが、私が知っているところで、全員車椅子である。わかりますか、全員車椅子です。車椅子が一番体を悪くするというのはおわかりでしょう。だから、そういう支援に入れば、例えば、まだ20年ぐらいは元気でいける人が、5年か10年で亡くなってしまう。車椅子が一番体力を落とすものになっている。必要な人は必要ですよ。ところがみんなだから、そういうのは基準をつくって、こういう人には車椅子は使用させない。できるだけ動くことである。
だから、そういう基準を施設内でつくるか、そういう制度をつくるか。あるいはこちらで決めた基準をつくるか。どちらかにしないと、何のために施設に入っているのか。そういう点をひとつ考えてもらいたい。
(以上、引用転載)
どこの特養の例かは定かではないが、本当にそんな実態があるんだろうか。そもそも車椅子に座る必要がない人を車椅子に全員乗せているとして、おとなしくそこに座っているんだろうか?寝たきり老人を座ったきり老人にしても意味が無いということは以前から言われているが、それはその通りだし、山本委員の指摘のような特養があるとしたら、これは大きな問題であることは間違いはない。しかし・・・。
我々の施設の例で言うと、車椅子を使っていなかった方が、施設入所をきっかけに車椅子を必要とするようになる理由は、歩ける方が車椅子を使うようになるのではなく、ベッド上での生活で大半の時間を過ごしていた方々が、車椅子を使って日課活動に参加して、日中、車椅子の使用頻度が増えるから他者との共用の使い回しの車椅子では対応できなくなるので、個人専用で使える車椅子を準備する必要が生ずる、ということである。
そこから短距離の介助歩行ができるようになる方もいるし、ホールで歩行訓練をしている利用者の姿を見て、数年ぶりで立って歩いている姿を見た、と喜ばれる家族の方も多い。
ましてや山本委員の発言のなかで「まだ20年ぐらいは元気でいける人が、5年か10年で亡くなってしまう。」という状況は現実の特養に入所している方の平均寿命が、国民全体の平均寿命より低くないという実態とは乖離している指摘と思える。
本当に車椅子が必要ではない人の歩行機会を奪っている特養があるのか、それによって特養入所者の平均寿命は一般の平均寿命より低いとでも言うのか。
車椅子の安易な使用があるとすればそれはどのような理由で全体のどの程度にそうした現象が現われているのか、個人の印象ではないところで、具体的な検証が伴わないとならないはずで、少なくとも国の検討機関での議論としてはあまりにもお粗末な認識と指摘ではないのか。
そもそも指摘されている特養のような施設が実際にあったとして、安易な車椅子の使用を基準で解決できると思っているんだろうか。人の身体状況はある一定の基準ではおさまらないほど複雑で個別なものであり、基準で使用を規定してしまえば、そこからはじかれた人々の生活の不便を助長する結果を同時に生むことは、福祉用具の軽度介護者への給付制限が証明しているではないか。
制度やマニュアルでの規制が当てはまらないから後にあのルールも大きく変わっている。こういう例からの学習能力が皆無なのが現在の専門委員の実態なんだろうか。
それを防ぐのは基準ではなく、専門家の見識と専門知識・技術であり、唯一の解決法は、そうした人材を育成し現場に貼り付けることができるシステムの構築である。有能な人材が現場からどんどん離れていってしまう現実が、おかしな介護現場を生み出している最も大きな要因ではないのか。
とにもかくにも特養の関係者は、こうした馬鹿げた指摘が国の委員会で行われていることを知っておくべきだし、それゆえに安易に車椅子を使用することによって機能を低下させるような支援方法が現場で行われないことを検証すると同時に、寝たきりといわれている方々を単に車椅子に移乗させるのがケアではなく、車椅子に移乗して何をできるのか、ということが本来の生活支援であることを踏まえて考えるべきである。
そして、まっとうにケアを行っている大部分の施設関係者は、学識者という冠をかぶった無知に対して大いに声を挙げるべきである。
介護・福祉情報掲示板(表板)
(↓ランキング登録しています。クリックして投票にご協力をお願いします。)
人気blogランキングへ





感動の完結編。
