僕は今、旭川駅で札幌行きの特急列車待ちをしている。昨日、美瑛町での講演を終えた後、同町に泊まって今朝、旭川と札幌を経由して登別に帰る予定だ。
昨晩はネットでお店を探して一人呑みしたが、これが大正解のお店だった。そこで食べたものは、「masaの血と骨と肉〜待つか別れぃ、るか悩んでいます。」で紹介しているので、ぜひ参照してほしい。
ということでこのブログ記事は、旭川駅構内の待合室でアイホンから更新アップしており、徒然に思いつくままのことを文字にしたい。さて・・・。
あくまで僕の私見であるが、相談援助職とは話を聴く専門家であると思っている。
相談者の悩みを解決する、「答」を示すのが相談援助職の仕事ではない。相談者の悩み事・困りごとに耳を傾け、相談者が抱く感情をも引き出せるように傾聴し、その感情に寄り添って答えを探す伴走者となることが相談援助職の役割である。
悩み事や困りごとを持つ人は、えてして悩んだり困ったりする自分を、「弱い心の持ち主」だと責め、そうした弱い気持ちを誰にも察せられたくはないという気持ちを深層心理の中で抱えている人が多い。
そうした人に言えないこと、人に知られたくない弱い部分を引き出すことができないと、相談援助は失敗に終わることが多い。

高齢者の方々の中には、心身の衰えから手助けが必要な状態となっても、「私は大丈夫、何でも自分でやれるから」という強い意思を持っている人が少なくない。
だがそういう人であっても身体がその意思について行かないこともある。そうであっても他人に世話になって迷惑をかけたくないと考え、そうであるがゆえに他人に対してギスギスした態度で接してしまう人がいる。
そのような人には、「困って当然なんですよ」・「今までよく頑張りましたね」・「泣いたって恥ずかしくないんです」といった気持ちを、言葉と態度で表現して共感することが大事だ。
相談者が弱音を吐いても良いのだと思われるようにするのが相談援助職の務めである。
特に日本人は困りごとがあっても、「語らないのが美徳」とか、「ここが我慢のしどころ」といった精神文化に阻まれて、本音を伝えられない特徴を持っている。
そうであるがゆえに、本音を引き出すように寄り添う視点が、相談援助者に求められるのだ。
そのことを決して忘れないように心がけている。それが僕自身のモットーである。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
相談者の本音を語ってもらって、それを物語にして、奉納するという手順こそが、苦難を人生の糧にする唯一の方法と言えるのではないだろうか。
弱音や慟哭は、胸の奥深くに仕舞い込まずに、吐き出すべきものだと思う。胸の中に仕舞い込んでしまえば澱んでしまうので、外に排出して浄化させる必要があるのだろうと思うのだ。
昨晩はネットでお店を探して一人呑みしたが、これが大正解のお店だった。そこで食べたものは、「masaの血と骨と肉〜待つか別れぃ、るか悩んでいます。」で紹介しているので、ぜひ参照してほしい。
ということでこのブログ記事は、旭川駅構内の待合室でアイホンから更新アップしており、徒然に思いつくままのことを文字にしたい。さて・・・。
あくまで僕の私見であるが、相談援助職とは話を聴く専門家であると思っている。
相談者の悩みを解決する、「答」を示すのが相談援助職の仕事ではない。相談者の悩み事・困りごとに耳を傾け、相談者が抱く感情をも引き出せるように傾聴し、その感情に寄り添って答えを探す伴走者となることが相談援助職の役割である。
悩み事や困りごとを持つ人は、えてして悩んだり困ったりする自分を、「弱い心の持ち主」だと責め、そうした弱い気持ちを誰にも察せられたくはないという気持ちを深層心理の中で抱えている人が多い。
そうした人に言えないこと、人に知られたくない弱い部分を引き出すことができないと、相談援助は失敗に終わることが多い。

高齢者の方々の中には、心身の衰えから手助けが必要な状態となっても、「私は大丈夫、何でも自分でやれるから」という強い意思を持っている人が少なくない。
だがそういう人であっても身体がその意思について行かないこともある。そうであっても他人に世話になって迷惑をかけたくないと考え、そうであるがゆえに他人に対してギスギスした態度で接してしまう人がいる。
そのような人には、「困って当然なんですよ」・「今までよく頑張りましたね」・「泣いたって恥ずかしくないんです」といった気持ちを、言葉と態度で表現して共感することが大事だ。
相談者が弱音を吐いても良いのだと思われるようにするのが相談援助職の務めである。
特に日本人は困りごとがあっても、「語らないのが美徳」とか、「ここが我慢のしどころ」といった精神文化に阻まれて、本音を伝えられない特徴を持っている。
そうであるがゆえに、本音を引き出すように寄り添う視点が、相談援助者に求められるのだ。
そのことを決して忘れないように心がけている。それが僕自身のモットーである。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
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相談者の本音を語ってもらって、それを物語にして、奉納するという手順こそが、苦難を人生の糧にする唯一の方法と言えるのではないだろうか。
弱音や慟哭は、胸の奥深くに仕舞い込まずに、吐き出すべきものだと思う。胸の中に仕舞い込んでしまえば澱んでしまうので、外に排出して浄化させる必要があるのだろうと思うのだ。









































感動の完結編。
